第九十五話 あれから5年後
ここ南大陸はもうすぐ滅亡から5年が経つ。
この5年間、最初の1年は絶望から始まり、
そこから徐々に復興していった。
5年という期間でゼーレ王国は再建された。
生活に必ず必要な施設、学校や武器屋、
ガレイルやその他の商業施設。
滅亡前の南大陸とそう変わらない光景。
むしろ今の方が栄えている印象だ。
異常な速度で復興したゼーレ王国。
その背景には女王である者の工夫が活きている。
フリラメ・カルレット・エイトール。
彼女は王族の生き残りであり、
現ゼーレ王国の女王だ。
非常に賢く、なにをやらせても想像以上に成果を出すとても優秀な彼女。
その彼女によって王国は再建された。
城を持たないゼーレ王国は、
歴史上類を見ない特殊な王国。
だがそれが民たちからの人望へと繋がっている。
フリラメは王国の民を照らす太陽だ。
静かながらも秘める熱き思い。
そして最近、そんな彼女の妹が戻ってきた。
史上最年少の君級魔法使いで、純白を冠する者。
フラメナ・カルレット・エイトール。
彼女は魔王側近を討った功績がある。
彼女の魔法は白く、初めは畏怖してしまうものだが、彼女と話すうちに自然と恐怖は感じなくなる。
なぜなら彼女は明るく、とても優しい。
気丈に前を向き続ける姿はまさに君級に相応しいもので、そんな彼女は姉と同様民を照らしている。
静かな太陽と賑やかな太陽。
エイトール家の姉妹は南大陸に住む者の太陽だ。
虹剣1688年11月2日。
雪が降り始めた。
白き結晶が積み重なり街を純白に染めていく。
ライメは今日も図書館に行っており、
フラメナとは会っていない。フラメナの方もやることがあるらしく、明日は会えるそうだ。
ライメも今日は用事がある。
クランツから呼び出されているのだ。
どうやらいい話らしいがなんだろうか?
寒さに体を震わせる気温の中、ライメは定住型の宿に帰宅すると、クランツの部屋に向かう。
扉をノックすると、クランツが出てきて歓迎してくれた。
中に入るとマフラーとコートを脱ぎ、
クランツが奥へと案内してくれる。
「あっ、ありがとうございます」
「南大陸の紅茶です。冷えた体を温めてください」
ライメは紅茶の置かれた机を前にして椅子に座り、
まだ温かい温度のカップを触って手を温める。
「その……お話って?」
「魔法中学の方から誘いがきまして……
わたくし、これでも一応フリラメ様の護衛なのですよ。魔法教師をやっている暇がなくてですね」
クランツはもう一つ紅茶を作って机に置き、
ライメと向き合うように座る。
「ライメ様は魔法教師を目指しておられますよね?
どうです? やってみませんか?」
「えぇ? 僕なんて……それにクランツ先生だからお声がかかったのではないのですか?」
「ライメ様は随分と自己評価が低いですね。
十分、魔法教師には適していますよ」
クランツは話し始める。
「魔法教師はなってからが本番ですから、
思い切ってなってみるのはどうでしょうか?」
「いいんですかね……」
するとクランツが唐突に話し始める。
「フラメナ様を支えるなら、早めに安定した収入は得ておきたいものですよ」
「っぇあぇ!? なんで知ってるんですか!?」
驚くライメを見て少し笑うクランツ。
事の経緯を話し始める。
「フラメナ様が自身から誇らしそうに言ってきましたよ。まさかこの歳で惚気話を聞かされるとは……」
「フラメナが……? あー、もう……フラメナってば」
ライメはフラメナのその行動に恥ずかしさを覚え、
困ったように顔を手で隠す。
「幸せそうでした。わたくしが見てきた中で一番……
ライメ様はフラメナ様を幸せにできる方です。
……頼みますよ。フラメナ様は甘えん坊ですから」
表情には出ていないが、嬉しそうなクランツ。
ライメはそれを感じ取り、頷いた。
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「えーっと……ここかしら……」
フラメナはある家の前にて紙を持ち、
雪降る中その家を見上げていた。
フラメナは紙をギュッと握り、
家の扉の前に立って呼び鈴を鳴らす。
すると中から一人の男性が出てきた。
「なんか用すか……え?」
「久しぶりね! ″ノルメラ″!」
ノルメラ・イルデルス。
二六歳の火帥級魔法使い。
つい先日、遠征から帰ってきたらしくフラメナはそれを聞いて会いにきたそうだ。
少し眠たそうでボサボサな髪、
遠征の疲れが抜けていないのだろう。
だがノルメラはそんな疲れを忘れるくらいに大きく驚き、フラメナの帰還を喜んだ。
「いつ帰ってきたんすか!? えぇ、これ夢じゃないっすよね! うわぁ久しぶりっす!」
遠征は二個の隊に分かれており、
一つは君級剣士ヨルバが長を務める隊。
二つ目はノルメラが長を務める隊だ。
「ふふっ、こんなに驚かれるとは思ってなかったわ」
「いやぁ驚きますって〜。なんせ2年ぶり……
フラメナさんも成長したっすね」
フラメナの容姿はすっかり大人の女性だ。
身長は160cmほどだが、着る服なども落ち着いたものが多く、顔つきもシュッと整って美しい。
だが中身は案外変わっていないので、昔から知る人からすると、まだまだ大人すぎる印象は受けない。
相変わらずの元気っ子だ。
「いやぁ……ヨルバさんとかにも会ってくださいよ?
冬が始まりますからあの人もそろそろ帰ってきますし……そういや! 旅はどうだったんすか?」
ノルメラは旅のことを聞いてきた。
フラメナは待ってましたと言わんばかりに、
旅のことを話し始めようとすると、ノルメラがそれを止めて家の中へと案内してくれた。
「立ち話は嫌っすよね〜。
なんか飲みたいもんとかあるっすか?」
「白焦水とかあるかしら?」
白焦水、苦味と甘味が合わさった飲み物だ。
「へぇ、それ飲むようになったんすか?
あるっすよ。ちょっと待っててくださいっす」
ノルメラが飲み物を作り終わり、
二人は机を挟んで向き合うと、温かい飲み物を飲みながら旅の話をした。
1時間ほどだろうか。
楽しく話を終えるとフラメナは玄関にて、
ノルメラに別れを告げる。
「いやぁ〜、さすがはフラメナさんっすね。
次は飯でもルルスさんとかクランツさんとか……
あそこらへんで食べに行かないっすか?
ほら、お久しぶりってことで」
「いいわね! みんなには私から言っておくわ!」
二人は楽しそうな会話を最後に交わし、
フラメナがその場から離れていく。
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虹剣1688年11月3日。
フラメナとライメは外食をしていた。
「ライメもついに魔法教師ね!」
「まだ不安ばっかりだよ。うまくやっていけるかな」
フラメナはそれに対し励ますように言う。
「大丈夫よ! ライメは頭いいし、魔法だって私より正確に使えて、優しいからきっと人気になるわよ!」
大量の褒め言葉にライメは赤面する。
「えっぇ……そうかなぁ?
そんなに僕ってすごいかな……?」
「私が惚れ込んでるんだからもっと胸張りなさい!
あんまりナヨナヨしてちゃダメよ」
ライメは魔法教師になることに不安を感じていた。
教師とは生徒の人生において大きな影響を与える。
そんな存在に相応しいのか不安なのだ。
教師としては来年の1月から働くことになる。
中学生は大体十歳から十三歳。
「生徒たちにいじめられないか不安だよ……」
「いじめてきたやつから私が……」
「顔が怖いよ……」
ライメは目を擦ってパチパチと瞼を動かすと、
フラメナがそんなライメを心配する。
「寝不足なの? ちゃんと寝なさいよ」
「あはは……その、寝るのがどうしても遅くなっちゃう癖があってさ……直せるかな」
「じゃあ今日は私と一緒に寝るわよ。
無理矢理寝かしつけてあげるわ」
「……今日は早寝しちゃいそうだ」
フラメナがこう言えば絶対に家に来る。
外食を終えるとやはりと言うべきか、
フラメナはライメへとついてきた。
「んーっ……やっぱ落ち着くわね」
「べつに実家とかじゃないんだから」
フラメナはベッドに座りそう言う。
「なんか落ち着くのよね〜住めちゃいそうだわ」
「二人になったらさすがに狭いよ」
フラメナは体を伸ばしながらベッドへと倒れた。
「ライメはさ、今後どうなると思う?」
「それってどう言う?」
「魔王側近のことよ。
多分、そのうちまた襲撃してくるわ」
フラメナは手で目を覆い隠す。
「私は強くなったけど……まだ一人じゃ勝てない。
私がいると……南大陸が危険に晒されるんじゃないかって最近思うのよ」
ライメはそう言うフラメナの体の横に座る。
「フラメナは一人じゃない。
ルルスさんも、クランツ先生も……
たくさんの人がゼーレ王国には居る」
ライメはフラメナの手を退かして頬を触り、
微笑みながら言う。
「それにフラメナには、僕という最も頼れるはずの仲間がいるじゃないか」
「ふふっ仲間ってより、私にとっては恋人よ」
魔王側近、なぜあの者たちはフラメナを狙うのか。
それを知るのはそう遠くない話だ。
不安を忘れ、フラメナとライメはその日、
いつも以上に十分な睡眠時間を取ったそうだ。