第九十三話 夢見るあの子
虹剣1688年9月16日。
度重なる君級の死。
中央大陸や西黎大陸、北峰大陸にはすでにその情報が行き渡っており、世間は軽いパニック状態。
君級の強さを知っているからこそ、
絶望が現実味を帯びて恐怖する。
不安を感じているのは君級戦士たちも同じだ。
斬嵐と天戒。
斬嵐は剣士で二番目に強いと言われ、
天戒は四番目に強いと言われている。
どちらも上位の強さを誇る戦士であり、
強さは広く知れ渡っている者たちだ。
中央大陸にて。
断罪のガルダバと不視のパラトアは師弟関係であり、今日は二人で手合わせをするようだ。
中央大陸に唯一残る大きな平原、
ここはあえて建物が建てられておらず、遠くを見渡すと建物の壁が見え、円状に囲まれている。
中央大陸は基本どこにいっても建物がある。
建物がない平原はここしかないだろう。
「師匠、手合わせ願います。手加減なしですよ」
不視のパラトア・シーファ。
歳は二十三歳であり赤い髪に灰色の瞳、
髪型は短めで肩まで髪が達しておらず、
可愛いと言うよりカッコいい印象だ。
彼女はフラメナが君級になる前は最年少の君級戦士であり、二十歳の頃に君級となったパラトア。
史上最年少の君級剣士は十九歳、
その者は500年前に現れたそうだ。
そのためパラトアは500年に一度の天才と呼ばれることも多く、多くの剣士から将来を期待されている。
だが現君級剣士にて四番目の実力である彼女は、
まだまだ成長途中である。
断罪のガルダバ・ホールラーデ。
六十六歳の老剣士。白い髭と灰色の髪の毛を蓄え、髪型はオールバックだ。瞳は黒く、顔にも腕にも傷が多くついている。
彼は今いる君級の中では二番目の古参であり、
長い間現役で戦っている人刃流の頂点だ。
カウンターと呼ばれる剣術で、自身へと向けられる攻撃を起点とし反撃する。
攻撃には隙が生まれる。
そこを突かれればどれだけ強い者でも、怪我を負う可能性がある。
完璧な反撃、受け身なガルダバはこの戦い方で数々の邪族を葬ってきた。
「じゃあわしが勝ったら、水着姿で冷たい白焦水を飲ませるんじゃぞ」
「……変態師匠に負けるほど弱くないです」
二人は剣を抜き、熱気と湿度が辺りに満ちる。
パラトアは10年前にガルダバに弟子入りした。
元々魔法使い志望のパラトアは、魔法を織り交ぜた戦い方の魔刃流向きであり、魔刃流の剣士に弟子入りするのが常識だ。
だがそれでもパラトアはガルダバを選んだ。
一体なぜ?それはパラトアがガルダバの戦い方に酷く感動したからである。
剣士というのは、基本的に攻撃を喰らいながらでも戦うのが至高とも言われる。
だがそんなことを容易く出来る者など多くは存在せず、大体の剣士が中途半端な戦いをしてしまう。
ガルダバは反撃に一途だった。
無茶な戦い方はせず、ひたすらに安定した戦い方をするのがガルダバだ。それがカッコよくて仕方なかった。パラトアは落ち着いた剣術に憧れたのだ。
今でこそ魔刃流という流派ではあるが、
剣の振り方や力の入れ方はまさに人刃流。
そこに加えられる魔法使いとしての力。
空間魔法と水魔法を使った透明化。
それが彼女を君級たらしめる理由だ。
二人が汗をかいて手合わせを終えると、
涼しい風が二人の間を駆け抜けていく。
「……師匠は、レストのことどう思いますか」
「レストが倒されるなんて思っとらんかった。
君級は今確実に狙われておる。出来るだけ単独での動きは良くないのかものう」
パラトアはレストが嫌いだった。
よく喧嘩するし楽観的なところや、
レストの弱者救済の考えは嫌いだ。
困っている人を必ず助ける優しい魔法使い。
でもそれだけじゃやっていけない。
自身の地位、周りの人への迷惑。
それを考えるとパラトアは2年前に、
国王から命令されたことを無視できなかった。
いつだって他人優先、気持ちが悪いほどの善人。
パラトアは理解できなかった。
なぜそこまで人を助けるのか。
「パラトアはレストが嫌いじゃったな」
「……そうなんですけど、なんでかあの新聞を読んだ時、どうしようもなく心が痛かったんです」
ガルダバは平原に咲く花を見ながら言う。
「レストは優しすぎるんじゃ。
この世界は結局のところ弱肉強食。
強者が弱者を守れば、必ず強者はいつか砕け散る」
レストは恩を売り続けていた。
のにも関わらず、いざ死ぬときは一人。
なぜあんなにも人を助けた人物が、たった一人、
理不尽の中で死ななければいけないのか。
益々理解など出来なくなった。
「……?」
ガルダバは見ていた花が風に吹かれても動かなくなったことに気づき、辺りを見渡す。
パラトアも同じくそう感じていた。
「なんですか……なんだか、雰囲気が」
耳の裏へと突き刺すような冷気、
それを発端に背中へと悪寒が走る。
気づかなかった。
すぐ近くまで歩いてきている者の姿に。
「誰……」
「!」
氷の斬撃が突如放たれ、ガルダバがそれを咄嗟に弾き飛ばした。
「え……」
「あやつ……まさか」
獣族(鮫族)と魔族(光族)のハーフ。
顔の右側にかかる大きな火傷跡。
氷が少し付着した肩。
パラトアは肺に入り込む息に寒さを感じながら、
吐いてしまいそうなほどの不安を呑み込む。
「剣士二人か……まぁまぁだな」
「まさか死ぬまでに見れるとはのう……」
魔王側近、憤怒のドラシル・メドメアス。
確認されている邪族の中で、
魔王を除けば世界最強の邪族だ。
「一つ問おう。貴様らは我を殺せる剣士か?」
絶対的自信、それを持っているが故の発言。
ドラシルの紫の鋭い目が二人を睨みつける。
「……っ」
怯む二人にドラシルはため息をついた。
「剣塵は老いた。もう何百年かしないと、あいつを超える剣士は生まれない。
我は怒っている。老いによって弱くなる剣士に……
心底つまらんのだ。戦いは楽に勝てるものばかり、
腹立たしい……何故に貴様らはそこまで弱い」
「……何が目的? 私たちを殺すつもり?」
「あぁ殺す。我は貴様らを殺しにきた」
パラトアは冷や汗を流しながら挑発した。
「剣塵が老いたとか言ってるけど、結局戦ってないんでしょ? 勝手に戦えばいい、それとも怖いの?」
「安い挑発だな。よくもまぁ口を開けるな。
貴様には期待していない。
我は老耄に期待している」
ドラシルは両手を広げ、真っ青な氷を作り上げていき、両手に剣を持つ。
双剣、圧倒的な手数武器ではあるが、
剣一つの重さを考えると決定打が少ないのが特徴。
そのためあまり好まれない武器だ。
「……君級、その実力を見せてみろ」
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憤怒。
生命が狂う瞬間には常に怒りが付き纏っている。
激しすぎる怒りは感情を壊し、発狂させてしまう。
ドラシルは常に冷静だ。
凍て付く雰囲気を纏う魔王側近。
他の魔法側近はどこか楽観的で自惚れている。
だがドラシルだけは違う。常に冷静だ。
側から見れば彼は冷徹な邪族。
それでも彼の心の奥底には、溢れ出してしまいそうな怒りが蓄積されている。
世界に対する怒り。
何故にこの世界はここまでも不完全で醜いのか。
魔王の言う新世界の幕開け。
それだけが彼を怒り狂わせずに留める要因。
ドラシルの戦い方は知られていない。
目撃者は二度と人と会えないからだ。
500年以上無敗のドラシル。
彼の剣に切り伏せられた強者の屍は数え切れない。
双剣を逆手に持ち替えて歩き始めるドラシル。
全くの無知、どう言う戦い方なのだろうか。
ガルダバとパラトアはそう思いながらも剣を構え、
パラトアが透明化を発動する。
「透明」
剣や服、何もかも不可視となったパラトア。
この状態で気配を消せば攻撃が予測されることはない。
パラトアはそっと近寄り、一気に剣を振り下ろす。
「……つまらん小細工だ。」
ドラシルの足元に魔法陣が展開される。
それは縁の中に縁が描かれた魔法陣。
次に瞬間、ドラシルが持つ左手の双剣が透明のパラトアの肩を切り裂いた。
「ぅぁっ!?」
パラトアは咄嗟に後退し、透明化を解除してガルダバの側にて肩を抑える。
「なんで……」
「あの魔法陣じゃ……」
ドラシルは血のついた剣を砕き、
再び剣を作り上げ、二人へと近づき始める。
「理解しようとすれば動きが止まるぞ」
ドラシルは一瞬にしてガルダバへと切り掛かると、
ガルダバの剣はそれを防ぎ、反撃として剣を滑らせて腹部を切り裂く。
ドラシルは薄く腹を切られた程度で傷を抑え、
バク宙して距離を取る。
「やはりだ。貴様、見えているな?」
「ははっ……なんのことじゃ?」
「惚けることが趣味なのか?
貴様の剣の構え方、他を圧倒するほど綺麗だ。
現にこの俺に反撃を行い傷を与えている。
貴様……″未来を見ているな″」
パラトアはそれに驚きガルダバを見る。
「適当を言うのがポリシーなのか?
わしゃあそこまで良い目は持っとらんぞ」
「ほう、無意識下で使いこなしているのか。
素晴らしい。300年振りの出会いだ」
勝手に話を進めるドラシル。
パラトアは完全に蚊帳の外であり、何を言ってるのか理解出来ないが、憤怒の眼中にないことは嫌でも理解出来る。
悔しい……私には興味がないって態度で示してる。
確かに攻撃を喰らったけど、
透明化してたといえど油断してたわけじゃない。
それなのに見えなかった。
あんな早い攻撃、私は喰らったことがない。
これが魔王側近……?
こんなのが五人も生きてるの?
圧倒的な実力差、
ガルダバはパラトアへと目を向ける。
伝えられる一言、それはパラトアには受け入れられないものだった