第九話 水面下
虹剣1678年7月6日__
エイトール家次女誘拐事件から一週間。
フラメナの傷も継続的な治癒魔法によって完治し、生活は元に戻りつつあった。
「ユルダス!扉を開けなさい!」
「なんで昨日からそんなに僕の家に来るんですか!」
「なんでって!あなた騎士団に入りたいのでしょ!なら一緒に特訓するわよ!」
「あの!結構ですから!扉を開けようとしないでください!」
フラメナは断固として扉を開けないユルダスと攻防戦を繰り広げていた。
一方、フラメナに付き添うクランツは、あの事件で得た特別報酬により腕時計を買ったようで、嬉しそうに何度も時間を確認している。
「クランツ!扉を開けるの手伝いなさい!」
「……あっ、申し訳ございません。権力乱用になってしまいますので」
「難しい言葉使わないで開けてよ~!」
「絶対に開けないでください!」
少しした後、ユルダスは諦めて扉を開ける。
「やっと開けたわね!」
「勘弁してください……」
疲れたようにそう言うユルダス、ユルダスはフラメナへと詳細を聞く。
「特訓は……特訓よ!」
「説明になってないじゃないですか……」
クランツがフラメナが言う特訓というものを説明する。
「私が教える魔法の授業ですよ。ですがユルダス様は剣士志望では?」
「そうです!僕は剣士ですからまだ魔法だなんて……」
フラメナが割り込むように言う。
「剣士でも魔法は必要よ?なら今からしましょ!」
「僕は12歳になったら剣士学校に入るんです!そこで魔法は習いますからいいです」
剣士学校。魔法学校とは違い、12歳から入学が可能となり8年で卒業である。
一般的な常識と読み書き、計算は出来て当たり前。
ユルダスは魔法少学校には通っていないが、それでも独学で勉強し知能は10歳にしては高めである。
「なんでよ!ならなおさら今でいいじゃない!」
「二回も同じことを学ぶじゃないですか、そんなの嫌です。それになんでそんなに僕に構うのですか?それが一番不思議ですよ…!」
「友達が欲しいのよ!」
フラメナに友達と言える存在は、現在ライメくらいしかいない。
「……悲しい理由をそんな大きな声で言わないでくださいよ」
「何も悲しくないわよ?」
フラメナが悲しくないと思っているのはどうやら本当らしい。
「じゃあわかりました。週に一度だけ授業を受けます。もちろん授業料金なんて払いませんよ!」
「良いに決まってるじゃない!」
おいおい待て待てフラメナお嬢様、授業してるのは俺だぞ。そんな勝手に決めてもらうのは困るが…
「まぁ料金はなしで大丈夫です。フラメナ様が払っている料金で事足りますので…」
「なんか嫌味な言い方ですね……」
ジトっとした目でクランツを見つめるユルダス、クランツは目を背けるとフラメナがユルダスの手を握って連れ出すように走り出す。
「早速授業の場所に行くわよ!」
「ちょっ!力強いですって!」
「……ライメ様は受け入れてくれるのでしょうか」
ユルダスは偶然にもライメと同じユタラ村であり、家は離れているが近場だ。
そうして10分もしないうちに三人は、ライメの家へと辿り着き扉をノックする。
「フラメナちゃ……」
ライメは明らかにユルダスへと怯えて一旦扉を閉める。
「ちょっとライメ!?」
「フラメナちゃん……ごめん、開けるね」
ユルダスはライメのことを全く知らないようで、霊族特有の青い瞳に少し驚くユルダス。
だが、ユルダスは差別を行うような価値観ではない。
「驚かせてごめんなさい、今日から無理やり一週間に一回授業に参加するユルダスです」
「……よろしくお願いします。あのライメ・ユーパライマです」
ぎこちないライメ、かなりの人見知りだから仕方ないだろう。
ユルダスと握手するとライメは少し気まずそうに立ち尽くす。
そういった雰囲気を破壊してくれるのはフラメナ、こういう時に彼女の勢いは役に立つ。
「クランツ!早速授業始めましょ!」
その言葉で今日も授業が始まる。
微笑ましい日常とは違って、王であるフライレットは少し現状に危機を感じていた。
「”ドラテロ”、近況についての報告を頼む」
「かしこまりました」
ドラテロ・フランテッド、王国騎士団第一隊の隊長であり、その金色の瞳に黒色の髪を短く切った髪型で、不在の騎士団長の代理として隊長兼団長である。
彼は水将級剣士であり騎士団長の次に強い剣士だ。
「一週間前のフラメナお嬢様が攫われる件ですが、第三隊のオスラ・レイドッテが裏切り、現在も行方は分かっていません。港からの船に乗る乗客のリストも調べましたが記録はありませんでした」
「…我としてもあまり憶測で他国を疑うのは好まぬが… …ヴァイザー王国、レーツェル王国。あの二国が関わっているのではないかと邪推してしまう。ドラテロはどう思う?」
真っ白な髭を触りながら頭を悩ませるフライレットは、ドラテロへと意見を聞く。
「私としても、あのニ国が関係しているとしか……南大陸から一番近い、東勢大陸も領土戦争間近であるが故にこちらに意識を向けることはないです。人攫いがわざわざ王族の子を攫うメリットもそう多くありません」
「となるとやはりか……」
「二国が再び領土戦争を始めようとしているのではないでしょうか……」
この時期に戦争が起きる理由の方が多い。
ゼーレ王国は現在″君級″剣士である騎士団長が、中央大陸にてエイトール家長女のフリラメを護衛をしている。
よってゼーレ国に今君級の剣士や魔法使いは存在しない。
そしてフラメナの成長の兆し。
明らかにフラメナは着々と成長しており、七歳ながらも無呼称、無陣で魔法が使える逸材だ。
フラメナが成長すれば確実に戦力となる。
それ故に人攫いに依頼が回ったのだろう。
フラメナはまだ幼く未熟で、戦力の薄いゼーレ国はいつ戦争を仕掛けられてもおかしくない。
「困ったものだ……もはや相手の気分次第ではないか」
「今両国から攻められればかなりの苦戦を強いられるでしょう。フラメナお嬢様の家庭教師であるクランツ先生がたとえ戦場に出たとしても。形勢が変わるまでは行かないでしょうし……」
虹剣1678年7月21日。
「問題です。中級水魔法の水雲と中級雷魔法の天落を合わせた混合魔法は何級でどんな効果ですか?」
理解度のテストだろうか、クランツが言う問題にフラメナは答える。
「帥級魔法になって名前は災裁雲河よ!」
「正解でございます。では次はライメ様」
緊張したように姿勢を整えるライメ、クランツがフラメナに対して問題を出したように、同じ形式で出題する。
「将級風魔法である颶風紅ですが何と何を合わせてなります?」
「中級火魔法の火破血と帥級風魔法の颶風を混合させて出来る魔法です……」
「正解です。すごいですね。しっかりと復習しているのが感じられました」
「やった」と小さくそう言ってガッツポーズするライメ。
二人は混合魔法を学習し始め一か月。
様々なことが起きて、様々なことを経験し、様々なことを学んだ。
上手くいかない混合魔法、その壁は二人の少女を奮い立たせるには充分であった。
そして努力が遂に実る。
座学を終えて今日も魔法練習、だが今日のフラメナは少し違う。
「フラメナ様、今日はいつに増してやる気でございますね」
「ふふん、理由を知りたいようね」
「言ってはおりませんが……」
フラメナはクランツを無視して言う。
「夢を見たのよ!混合魔法を成功させる夢、そんな夢見たら出来ちゃうじゃない!」
「根拠のないものですが、またそういうことを信じるのもフラメナ様らしいですね」
「少しバカにされてる気がするのだけれど!」
「してませんよ、不敬になってしまいますからね」
ライメは苦笑いしながらもそのやり取りを聞いていると、フラメナは向き直し手を構える。
「やってやるわ!」
二人が見守る中、フラメナは緊張もせずに魔法陣を足元へと出現させる。
混合魔法の原理自体はとてもシンプル。
ただ魔法を合体させればいい。
フラメナは下級魔法の火球に似せた自分自身しか扱えない魔法、フラメナはやはり普通の魔法は放てない。だが似せた魔法を作り出すことは可能だ。
「白球!……白光!」
どちらも下級の魔法であり、火と雷。
普通の魔法であれば火球と雷球を混ぜる。
それにより生まれる魔法は、中級魔法炎雷球。
非常に威力が高い攻撃魔法で、トドメの一撃として多くの魔法使いが認知しており恐れている。
「白靂火!」
もう何十回したかわからないこの魔法、そもそも自作した魔法という点で難易度は高い。
高難易度をさらに難しくしているのだ。出来ないことはしょうがない。
二人は正直期待していないわけじゃないが、出来るとは確信しておらず、今日も失敗してフラメナが悔しがるのだろうなと思っていた。
フラメナの足元に発現し続ける魔法陣は激しく真っ白に発光すると、手に生み出した二つの魔法が混ざり合い、両手の間で混合魔法として完成し、近くの木へと向けて放たれる。
バチバチとした球体は周りに火をまとった電気を走らせ、小さな爆発を起こしながら木へと直撃すると、轟音と共に爆発して木が焼け焦げながら倒れる。
「……成功してる!」
「まさか正夢にしてしまうとは……」
「……や、やったわっー!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて成功を噛みしめるフラメナ、
「見たでしょ!わたしは成功させたわよ!」
「……うっ、置いてかれちゃう」
「ライメ様も近いうちに成功しますよ。フラメナ様が今成功させたのには理由がありますから、ライメ様は一つだけ足りない、それを足してしまえば成功できます」
混合魔法を成功させたフラメナ。
七歳にして混合魔法を成功させたというのは、世界を見ても珍しいことであり天才と呼ぶにふさわしいだろう。
時は経ち、フラメナは九歳になった。