過去(?)に転移してからの極東従僕生活
しょうもないネタです。
不慣れで色々不自然な点があるかも……orz
既出だったらごめんなさい。
その時、俺は新作の魔導遊戯を楽しみたいがため、最寄りの駅から自宅へと自転車で駆けていた。いつも通りの通学路を、いつもより少しだけ早い時間に、いつもより速くすり抜けるように。そう、すり抜けるように車道の脇を走っていたのが良くなかったのだ。目先の信号機が青に切り替わったのを見て、速度を落とさずに車道の横断を開始した。
――その刹那。
ちょうど動き出した鉄骨を背負った魔導荷車が、左方の鏡を確認することなく左折してきた。
――ぶつかる……っ!!
即座にブレーキをかけ、左に自転車を旋回したが……間に合わなかった。
こうして俺は魔導荷車の車輪に身体をこねくり回されて死んだ。
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気が付くと、俺は大海原を進む木造船の上に立ち尽くしていた。全く理解が及ばない事態に混乱していると、この船の乗組員と思われる耳長の男が話しかけてきた。
「おい、そんなところに突っ立ってねぇで自分で仕事を探したらどうなんだい。特に力の必要な仕事はビーストのお前にとって一番の腕の見せどころじゃねぇか。ほら、行った、行った」
状況はわからないが、どうやら俺は頼りにされているらしい。今はこの男の言うことに従っていた方が賢明だろう。そう考え、他の乗組員から適宜話を聞きながら働く。
しかし、気になることもある。あの男は俺がビーストだと言っていた。ビーストと呼ばれる存在に心当たりが無い訳ではない。だが、俺の家系は代々純猿人である。その心当たりが俺を指しているとは思えなかったのだ。
そんな中、貯水樽から調理に使う飲料水を取りに行った時に、俺は気づいた。気づかなかった、いや現実から逃避して気づかない振りをしていたのだろう。頭頂部から生えた獣の耳、そして尾てい骨から生えた獣の尻尾。
――樽の中の水面に映る”俺”が以前の猿人ではなく、獣人になっていることに。
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その後、数週間に亘って船上で過ごす中でこの世界の俺が何者で、何のために乗船しているのかを知ることができた。
まず、この世界の俺は廿字教の宣教師の護衛としてここにいるらしい。獣人の地位は低いようで、民族の特性を生かした力仕事や、一部知識人は嫌われがちな金融業によって生活を送っているそうだ。俺が元の世界で学んだ歴史では、この時代の西方において開拓地の原住民である獣人へ向けられる目はもっと厳しいものであったはずだが、この船に乗っている人々は案外優しいものだ。護衛対象である宣教師も民族間の平等を謳い、俺や他の獣人にも分け隔てなく接している。
この宣教師は廿字教の布教を目的として極東への交易船第一号であるこの船に乗り込んだらしい。つまり、その護衛である俺も極東、元の世界で言うところの大和国へ向かっているということだ。
過去の世界に遡ったと思ったらいきなり故郷(?)に出戻りである。これから俺はどうなるのだろうか。
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そして、時はいよいよ大和国本土への上陸となった。
俺はこの航海の中で、俺が別の人間になってしまったこと、もう元の世界には帰れないかもしれないことに対して覚悟を決めた。時空を行き来する魔法など元の世界にも存在しない。そんなものがこの世界にあるとは到底考えられなかった。それに帰ることができたとしても身体は元に戻るのか、この身体は元の持ち主に返すことができるのかも不明である。それならば、もうこの世界で生きていくと決めたのだ。
船を港に寄せた後、陸に上がると如何にもな恰好の猿人が迎えてくれた。何を言っているのかはわからないが、宣教師と商人が通訳を挟んでその猿人――おそらく武士階級の人間であろう――と会話を交わしている。
周囲の様子を窺ってみると、傍目には目を惹くこの巨大な木造船に対し、港町の人々の反応はそこまで大きなものではなかった。
――いや、耳長だの獣人だのが巨大な船から降りてきたら、猿人しかいない国の人間はもっと驚くだろ!
元の世界における歴史の資料でも、大和人が外来船や西方人に対して驚いたことは記されていたはずだ。書物は大げさに記されているもんなのか……?
そんなことを考えていると、どうやら話がまとまったらしい。この国の大名様にお目通りが叶うらしい。一行は馬車に乗り込むと大名様の居城へと出発した。
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――何だ、あれ。
城下の農地が見えてきた頃、俺は途轍もない違和感を感じざるを得なかった。
――鳥居……?
そう、鳥居である。元の世界では神社に建てられている”それ”が、何故か明らかに神社とは直接関係なさそうな場所、城下町の入り口に立っている。
――この町全体で何かを祀っているのか……?
鳥居を不思議そうに見ていたのが気になったのか、武士が通訳を介して説明をしてくれた。
『あれは鳥居と言って、八百万の神々と人々の生活が上手い具合に、いい感じに共存できるようにと願いを込めて建てられている一種の印でござるよ』
武士が丁寧に説明してくれたところによると、この鳥居は町の”多様性”を象徴しているのだそうだ。
――いや、どういうこと? この時代の大和人って数百年後に一部界隈で流行りそうなそういう概念を先取りしてたの? 何だ、この言いようの無い違和感は……。
さらに、俺は気づいてしまった。
――しかもここまで気づいてなかったけど”ござる”って何なんだよ! 武士じゃなくて忍者じゃねぇか!!
俺の中でどんどん違和感が増していく。次に見つけたのは”現代人”である俺にとっては存在自体に疑問を感じるあの樹木……。
『あの満開の花は桜……特にあの種類はソメルヨシコと呼ばれるもので、各地で親しまれているでござる』
――いやおかしいだろ! ソメルヨシコは終戦後に全国に植樹されたものだろ! この時代で各地に種をばら蒔いてるはずないだろ!!
突っ込みどころが多すぎる。次第に大きくなる心の声を叫び出さなかった自分を褒めてやりたい。
……そう思っていたのもつかの間。馬車の車窓から見える農地で農民の皆様が刈っていたのだ――”稲”を。
――季節感狂ってるぅぅぅぅぅぅ!!!
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ついに突っ込みを口に出すことなく耐えきった俺は、宣教師と商人が大名様と面会する後ろで待機しながら、ここまでの道のりを思い返していた。
町を駆け回る秋田犬。
お香を焚いている神主。
首を切り落とされた町民のご遺体。
何故か突出した魔法技術によって自動で開閉する引き戸。
現在座っている正方形の畳。
本当にここまで時間が長く感じた。
――流石にもう何が起こっても驚くことは無いだろうな……。
そう確信した直後、周りの目がこちらを向いていることに気づいた。すると徐に大名様がこちらに寄って、俺の獣耳や尻尾を弄り始めたのだ。思わず驚いて硬直してしまう。
「極東では私たちのような異民族は珍しいようで触ってみたかったそうなのです。あなたも多少触られるくらいなら、大丈夫でしょう?」
——いやまぁ大丈夫ですけどね? 先に一言伝えろよ!
そんな言葉を飲み込み、されるがままでいること数分。口を開いた大名様がこう宣ったのだ。
『これは驚きましたぞ、まさか本物の獣の耳と尻尾だとは! 気に入ったでござる! お主を武士として迎えるでござる!』
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俺が武士として召し抱えられてから季節が二周した。あれから俺は大名様直属として仕事をしている。あの時から薄々気づいていた――ではなく、確信していたが、この世界は元の世界から過去に遡った世界ではないようだ。
予想通り元の世界へは帰れそうにない。この世界に骨を埋める覚悟だ。
「さぁ、今日も武士として八百万の神々と町の人たちのために一仕事するでござるよ!」
桜の花びらが晴れた空に舞い上がる。きっと今年も囲炉裏の火で炊いた新米はおいしいに違いない。
―完―
読んでくれてありがとう!