8話 現実世界:光射す病室
朝の光が病室のカーテン越しに差し込む。いつものように目を覚ました僕、ケンイチは、すぐに自分の体の状態に意識を向けた。
――あれ? 今日も……体が軽い。
ここ数日のように、だるさは一切ない。むしろ、身体の中を血液がスムーズに流れているような感覚がある。まるで、自分が「普通の人」になったかのように感じた。
その時、ガラリとドアが開いて、看護師の山田さんが朝食を運んできた。彼女は、いつも通りの落ち着いた笑顔を浮かべている。
「おはよう、ケンイチ君。今日もご機嫌そうね」
僕はベッドから勢いよく起き上がり、椅子へと小走りに移動した。
「うん、すっごく元気! ほら、見て。ふらつきもない!」
山田さんは少し驚いたように目を見開き、そしてすぐに優しく微笑んだ。
「ほんとね……。その様子なら安心。でもね、あんまり張り切りすぎないようにね。あ、そうそう。今日は朝食後に先生がお話があるって。大事な話みたいだから、しっかり聞いてね」
「うん!」
朝食をしっかり食べ終えた頃、主治医の長谷川先生が病室にやってきた。白衣のポケットにはいつものように万年筆と手帳が入っている。見慣れた姿に、自然と笑顔が浮かんだ。
「おはよう、ケンイチ君。今日は随分と顔色がいいね」
「はい、すごく調子いいです!」
「それは良かった。じゃあ、少しお話ししようか」
先生は椅子に腰掛けながら、僕の顔をしっかりと見つめた。
「まずね、君の検査結果なんだけど……。どれも今までと比べて、かなり改善してる。炎症の値も落ち着いているし、臓器の働きも正常に戻りつつある」
「……ほんとに?」
「うん。もちろん、まだ完治したとは言えないけどね。でも、ここ数日間の様子と検査結果を総合して考えると、君の身体は確実に“変わり始めている”。そしてこのまま1週間くらい様子を見て、何もなければ……退院の準備を考えてもいいと思ってる」
僕は思わず立ち上がって、拳を握りしめた。
「やったぁ!」
その喜びが大きくて、無意識に少し飛び跳ねてしまった。
先生は苦笑しながらも、優しく手を上げて制した。
「気持ちはわかるけど、調子に乗りすぎないように。まだ“経過観察”の段階だからね。少しでも異変があったら、退院は延期になるから、慎重にいこう。いいね?」
「……はい!」
「でも、君がここまで元気な姿を見せてくれたのは、私たち医療者にとっても本当に嬉しいことだよ」
その一言が、胸にじんわりと染みた。信じてくれていたんだ、この人は。だから僕も、もっと前を向こうと思った。
その後、病室に戻ると、なぜか両親と妹が揃っていた。母の顔は相変わらず心配そうだけど、どこか安堵したような笑みを浮かべている。
「え……みんな、どうして……」
「おかえり、ケンイチ」
母が静かに言った。その言葉の重さに、胸が熱くなる。
「でも、昨日来たじゃん。命に別状ないってわかったんでしょ? なんでまた来たの?」
僕は少し呆れ気味に言うと、父が咳払いして口を開いた。
「……有給、使った。今使わずにいつ使う。仕事なんかより、お前の顔を見るほうが大事だ」
「え、そんなの……」
「私もね、どうしても気になって……。今朝も顔が浮かんできて、気づいたら病院の前に立ってたの」
母の目には、すでに涙が浮かんでいた。
そして、妹のユイが照れくさそうに言った。
「学校? ……早退してきた。だって、ずっと一緒にいられなかったから、ちょっとでも一緒にいたいって思っただけ。別に……別に、心配だったわけじゃないからね!」
「来なくていいのに……なんできたんだよ、ほんと……」
僕は照れくさくて、わざと不機嫌そうに言った。でも、心の中では嬉しくてたまらなかった。
その言葉に、みんながふっと笑った。どこか安心したように、あたたかくて、穏やかな空気が病室に広がった。
母は僕の手をぎゅっと握った。
「大丈夫、今度はちゃんと“信じて”待てる気がする。あなたが元気になって戻ってくるって、心から思えるから」
「うん……ありがとう。もう、みんなに心配かけたくない。これからは、僕がみんなを笑顔にできるように頑張るよ」
こんなにも愛されていたんだ。こんなにも待ってくれていたんだ。僕は胸の奥からこみ上げる涙を堪えながら、強く頷いた。
もう大丈夫。僕には、守りたいものがある。
――だから、これからは“笑顔”で生きていく。
評価やリアクションだけでも頂けたら、とても嬉しいです^ ^
リアクションをポチっと
お願いします^ ^