6話 現実世界:両親と妹登場
朝。
目を開けた瞬間、ケンイチは自分の体がいつもと違うことに気づいた。あの重さがない。身体が軽い。鉛のように沈んでいた腕も、今日は布団の上に軽々と持ち上がった。まるで別人のような体の感覚に、最初は戸惑い、それから、じわじわと笑みが広がっていった。
「うわ……動ける……」
それだけで、世界が違って見える。病室の天井も、窓から差し込む朝日も、こんなに綺麗だっただろうかとさえ思えた。
ケンイチは、ベッドから足を下ろし、立ち上がった。慎重に歩く。最初の一歩はおそるおそるだったが、すぐに確信へと変わった。
本当に、元気になってる――。
「よっしゃ……!」
喜びを抑えきれず、小さくガッツポーズを決めたところで――
「ちょっと!? ケンイチ君!?」
ドアが開き、看護師の山田さんが入ってきた。ケンイチの立っている姿を見た瞬間、目を見開き、手に持っていたファイルを落としそうになった。
「う、動いてる!? あなた、立ってるの!? ちょっと待って、無理しないで! 座って、すぐ座って!」
「あ、えっと……大丈夫なんです。ホントに」
「ダメ! まずは座って! はい、ベッド戻って!」
半ば強制的にベッドに押し戻されたケンイチは、心配そうな看護師の様子に苦笑しながら従った。看護師は慌ててナースステーションに連絡を入れ、数分もしないうちに主治医と別の看護師たちが飛び込んできた。
血圧、脈拍、体温、簡易の神経反応テスト。それから、すぐに精密検査の予定が組まれた。MRI、CTスキャン、心電図、血液検査……一日かけて行われるそれらは、思った以上に体力を消耗させた。
けれど、ケンイチは笑っていた。
(……疲れるけど、元気って、こういうことなんだな)
検査が終わり、ベッドに戻った頃にはもう夕方になっていた。ふうっと息をついたそのとき、ドアがノックされる音がした。
「ケンイチ……!」
入ってきたのは、母だった。続いて父、そして中学生の妹・ユイも。三人とも、病室に入った途端、足を止めてケンイチを見つめた。
「えっ……お兄ちゃん……ほんとに……?」
妹の声が震えていた。母は、両手で口を押さえ、信じられないものを見ているような顔をしていた。父の目元も赤くなっている。
「まだ検査結果は出てないんだ。でも……今は、すごく元気なんだ」
ケンイチがそう言うと、母がベッドに駆け寄ってきて、両手で彼の手を包み込んだ。
「……本当に、良かった……! こんな日が来るなんて……!」
母は声を詰まらせながら泣き、父は黙って彼の肩に手を置いた。妹のユイは、最初は目を丸くしていたが、次第に涙がぽろぽろと零れ、最後にはケンイチの胸に顔をうずめて泣いた。
「バカ……バカお兄……! ずっと……ずっと心配だったんだから……!」
「ごめん、ごめんって……でも、もうちょっとだけ、信じて。俺、絶対によくなるから」
この瞬間、ケンイチは決めた。
MPは必ず1以上残して戻る。どれだけケンイチワールドで遊んでも、夢を広げても――この「現実」に元気な姿で帰ってこなければ、みんなをまた悲しませてしまう。
現実と向き合う覚悟が、ケンイチの中で、しっかりと根を張った。
夜。家族が帰り、病室が静けさを取り戻す。
(俺……ほんとに元気になれるかもしれない)
そう思いながら、ケンイチは静かに目を閉じた。
「行こう、ケンイチワールドへ」
そして、眠りに落ちていく。