4話 現実世界:病室の朝
「……う、だる……」
目を覚ますと、身体が重かった。全身に鉛を仕込まれたみたいに、動く気がしない。息をするのも、億劫だ。これは、いつもの“日常”――現実の病室。灰色の天井、機械音のリズム、消毒液のにおい。
夢――いや、“心の世界”から戻ってきたら、案の定こうなっていた。
「……やっぱり、MPって、大事なんだな」
ぼそっと呟いた自分の声が、やけに現実的に響いた。ユリが言っていた。「現実世界には魔力が存在しない」って。だから僕は、慢性的な魔力不足、つまり“MP欠乏状態”になっていて、いつもだるいし、体を満足に動かせないんだ。
だけど昨日、心の世界にいたときは違った。草原を走り回って、風を感じて、笑って……それはまるで、生まれて初めて“生きている”って感覚だった。
「MPがあるだけで、あんなに元気になるなんて……」
じゃあ、このMPってどうやって回復するんだろう?
時間が経てば自然に増えるのか? それとも、何か特別なことをすれば増えるのか? それとも、世界を育てたり、ユリと接触したりしたときに得られるのか――
「……なんか、ゲームの成長要素みたいだな」
思わず笑ってしまう。自分の体調すら、ゲームみたいにステータスで語るなんて、変な話だ。でも、今はその感覚が妙にしっくりくる。現実ではベッドの上でしか動けない僕が、心の中にもう一つの“世界”を持っていて、その中で力を手に入れていく……。
ワクワクして、頭の中がぐるぐる回りはじめた。
心の世界“ケンイチワールド”は、今はまだ草原だけ。でもユリが言っていた。「君の力が強くなれば、異世界の現象が使えるようになる」と。ってことは、異世界ユーランドの要素が流れ込んでくる可能性がある――
「異世界の植物とか……モンスターとか……!」
まずは植物。たとえば、夜になると光る草“ルミナリーフ”。風に揺れると音を奏でる“メロウグラス”。触れると眠気を誘う“スリープポピー”なんかもあって……ケンイチワールドに生えたら、ぜったい癒やされる。
そしてモンスター! 小さなスライムみたいな“ぷにぷに草スライム”。動きは遅いけど、草を食べて栄養にする“草食系モンスター”。もしかしたら、植物と一緒に育てることで、進化したりするかもしれない。
それに、空をふわふわ飛ぶ“綿雲ウサギ”とか、夜になると出現する“星喰いネズミ”とか、謎の“ニンジンのふりしたモンスター”とか……考え出すと止まらない。
「……どんな世界になるんだろうな……僕の世界……」
もしかして、料理に使える食材モンスターも出てくるかもしれない。『寝人』って職業名からして、食べるか寝るかが鍵になるのかも。眠ると植物が育つ? 寝言で魔法を使う? 夢の中で料理を作って、モンスターを呼ぶとか――
「ふふ……へへへ……」
気がついたら、口元がゆるんでいた。病室のベッドの上、ただひとり、天井を見上げて妄想しながらニヤニヤしている重病人。
そのとき――
「ケンイチくん? 楽しいことでもあったのかな?」
カーテンの向こうから、看護師さんのやさしい声。しまった、と全身が硬直する。
「い、いえっ……その、ちょっと、変な夢を見ただけで……」
「そうなの。ふふ、いい夢が見られたなら、それはきっといいことだよ。今日もゆっくりしてね」
笑顔でそう言って、看護師さんは静かにカーテンを閉めた。
……まいったな。バレバレだったのか。というか、夢の内容があれだから、余計に恥ずかしい。
「……ああ、もう……」
顔を真っ赤にしながら、僕は枕に顔を埋めた。
「はやく……帰ろう……僕の世界に……」
現実が嫌だとか、そういうわけじゃない。ただ、あの草原の感覚が、また恋しくなっただけ。
目を閉じると、もうそこに風の音が聴こえてくる。心の世界――“ケンイチワールド”が、僕を待っている。
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