27, 突破口
「警察が、暴走族用の停止装置を用意した。 問題は、あのハコスカを事故らせることなく、どうおびき寄せるかだ!」
『大阪府警からのオーダーは、無傷で栃尾を逮捕。 体当たりもパトカーで封鎖も無理ってことね』
「澪! 奴と2人きりになった時に、なにか話聞かなかった?」
『ええっ!?』
唐突な質問に、澪は戸惑う。
慣れない車の運転に集中している上に、今までの出来事を思い出せときた。
酷な話だが、拒否することはできない。
彼女もまた、このカーチェイスを一刻も早く終わらせたかったから。
「ヤツは今、私らや警察をしり目に走り続けてる。 つまり、自分が優位な立場にあるっていう、驕りみたいなものが出ているはずなんだ。
ヘリを気にするように、狭い住宅街を走らなくなったのが、その証拠さ。
そこをついて、頭に血をのぼらせれば、栃尾をこっちの手の内で操れる。
なにか、ヒントになるようなことを、仕事中に話してなかったか?」
『えー……っ……』
「なんでもいい。 クセとか、嫌いなもの」
少しばかり考えていた澪だが、全然浮かんでこない。
ハンドルを握る両手と、アクセルを踏む右足に全神経を巡らせているから、脳みそを走らせる神経なんて、余っていなかった。
が、意外とそういう時こそ、頭が回るというものだろう。
目の前を走る碧のクワトロ、そのテールランプを見た時に、澪はハッと思い出した!
『そう言えばアイツ――!』
「なに?」
『小さい車が目障りだって言ってた。
昔、軽自動車が自分のハコスカを追い抜いたときに、煽り返して事故らせたと」
「じゃあ、澪のロードスターなんか……」
『うん。 大嫌いだ、って』
なんだ、こんなところに答えがあったじゃないか。
碧はにやりと一笑。 言葉を続けた。
「あったぜ、澪。 一発逆転の方法が!」
『どういうこと?』
「澪、前に出ろっ!」
『ええっ!?』
なんの説明もなく唐突に出された指示に、澪の声が裏返る。
「お前はヤツの獲物になった女で、自分にとって不愉快な車に乗っているんだ!
そいつが目の前で、腰降って挑発していたらどうなる?
本能と性癖でおかしくなるはずだ!
そこを突破点にして、あのハコスカをロードスパイクで止めるっ!」
『止めるったって……どうやって?
ロードスパイクって言っても、アメリカと違って固定式だろうし、そうなれば一番にパンクするのは私よ!?』
確かにそうだ。
かと言って、この先に装置があるよう匂わせる動きを取れば、一発でバレる。
――が、碧の中では確たる計画の青写真が、はっきりと浮かび上がっていた。
「大丈夫、策はある。
そのためには、君に教えた、あのテクが必要なんだ」
『それって、Jターンのこと?』
「そうだ。 この作戦の可否は、君のドラテクにかかってる」
そう言われても、と、澪は困惑する。
練習ではなんとか成功した。 けど、それはだだっ広い駐車場で、事故る危険が無かったからこそ。
今は違う。
人口密集地を走る道路で、両方合わせても二車線。
『そんな……練習でも失敗してたのに……』
「ぶっつけの本番になるのは承知してる。 けど、これしかアイツを無傷で捕まえられる方法は無いんだ!
大丈夫、練習でのスジは、かなりいいもんだった。
今の君なら、絶対にできる」
相棒からの強い励まし。 でもそれは、澪にある種のプレッシャーをかけていた。
が、ここで降りれば、他にいい案が出てくるかは分からない。
碧の言葉、いや、自分の腕を信じて、覚悟を決めるしかない。
『分かったわ。 やってみる』
「頼むぞ、相棒!」
『了解!』
碧はまた、鷹村警部との通話を再開。
彼女が考える計画の詳細を、彼に伝えた。
「鷹村警部、碧です!
消失点を、琵琶湖大橋にしてください! 澪をおとりに、ハコスカを誘導します!」
『琵琶湖大橋だと!?』
「上下線分離の有料道路です。 橋の両端には、車を安全に停められるスペースもありますし、ひとたび封鎖すれば、障害になる車は無くなります。
そこにロードスパイクを仕掛け、コントロールを失ったハコスカを封鎖ネットで減速させ、停止させるんです!
それに、いくら狂った栃尾とて、湖に飛び込むような度胸はないはず。
凶器を手にしているにも関わらず、女性の私に歯向かうことなく逃げ出したのが、その証拠です!」
確かに、そうすればハコスカを無傷で止めることは可能だ。
『勝算はあるのか?』
「わかりません。 ですが、あの変態は、澪にひとめぼれし、パンツを狩るつもりで、私たちに依頼をした。
その上、小型車に殺意を持っていると、ヤツは澪に話したそうです」
『ああ。 去年、ナンパに失敗した女性乗る軽自動車をあおって、事故らせてる』
あの話は本当だったか。 尚更、自分の計画に自信が出てきた。
「獲物を狙っていた野獣なら、例え警察に追われていても、このチャンスを不意にはしないはず。
偏執狂なサイコパスは、どんな状況でも自分を徹底させないと、気が済まない性格が、多少なりありますからね」
『頭に血をのぼらせて、野獣を躍らせる。 そういうことか』
鷹村も、ハコスカをどうやって誘導するのか、彼女が考えているやり方を、理解した。
「ええ。 ですから、早く!」
『分かった! 滋賀県警に連絡して、大至急琵琶湖大橋を封鎖させる!
ハコスカの進路は、ヘリからの指示で、パトカーをコントロールさせて変更させる。 それでいいな?』
「それから――」
碧は、封鎖に関して条件を鷹村に指示した。
それは、運転に不慣れで、Jターンのタイミングも分からない澪に対しての配慮でもあった。
『しかし、そんなものを用意して、万が一事故りでもすれば、後ろのハコスカも巻き添えだ。 無傷で逮捕もできんぞ』
「彼女には朝、私のテクをみっちり教えました。
今の彼女には、目印さえあれば、全て上手くやってくれるはずです」
『分かった。 用意しよう』
「お願いします!」




