26, 停める手立て
守山市内の住宅街に進入しても、ハコスカの速度は衰えることはなかった。
猛スピードで、家の軒先をかすめていく。
クワトロ、もとい碧のドラテクでは難なくと言ったところだが、ここにきて、澪のロードスターとの距離が気になりだす。
ルームミラーで後ろを見ながら、碧は言う。
「澪、もっとスピード出して!」
『これ以上踏み込んだら、誰かの玄関に突っ込んじゃうよっ!』
確かに、運転がそう上手くない澪にとって、今の状況は本当に頑張っている。
そのことに気づくのが遅れるほど、碧も追いつめられていた。
「澪の銃が使えたなら……落ち着け、碧っ!」
そうこうしているうちに、パトカーの数も増えてきた。
栃尾の駆るハコスカは、県道26号線 浜街道や国道477号線を跨ぎながら、住宅街の小道をひたすら右往左往。
そんななか、一台の覆面パトカーが助っ人に現れる。
滋賀南部を東西に走る国道477号線を、法竜川沿いに南下していた時だった。
「ようやくのお出ましか」
進行方向の車線はパトカーによって止められた一般車で渋滞が起きており、ハコスカは逆走する形で、ひたすら走り続けていた。
この先は県道26号との交差点。
そんなハコスカの前を遮らんと、見覚えのあるシルバーの覆面車が立ちはだかった。
京都ナンバーのスズキ キザシ。 そう、鷹村警部の車だ。
これで終わりか……と思いきや、ハコスカは鷹村のキザシと、滋賀県警のパトカーの間にできた、僅かな隙間を縫って、交差点に進入。
パトカーに、側面をこすりつけながらも、ハコスカは左折し、なおも逃走を続けるのだった。
「くそっ!」
すぐさま鷹村がバックしたおかげで、碧は減速せずに交差点を左折。
澪、鷹村、そして県警のパトカーと、後に続く。
もう、かれこれ20分ほどの追いかけっこ。
ハコスカの四角いテールランプも見飽きた、いや、イラつきを感じる。
まるで、舌を出し、挑発するかのように見えていた。
このままでは、キリがないと思っていた矢先、碧のスマホに、鷹村からの着信。
開口一声、彼女は吠えた。
「捕まえる気あるんですか?」
『生憎、条件が条件なんでね。 セオリーにのっとったデリケートなやり方しか、今のところできないんだよ!
そういうお前こそ、後ろからケツ掘って、スピンできないのか?
この辺は田んぼが多いし、警官がうじゃうじゃいて、逃げ場は無い。
そうすりゃあ、全部万事解決だろう』
「お言葉ですが、後ろから追突してスピンさせるのって、そう簡単じゃないんですよ。
勢いをつけすぎると横転するし、足りなければ、ヤツは逃げ続ける。
こっちがバランスを崩して事故る危険だってあるんだ。
第一、相手は50年前に作られた初代GT-R。
今のR35みたく、ドライバーを百パー安全に守るなんて作りには、なっとらんのですよ!」
こう、ののしりあっていても、なにも解決できない。
相手は、警察が強硬手段に出られないと分かっているのか、抜け道のある非常線を、スルリと抜けて走り続ける。
サイドミラーを覗けば、鷹村のキザシの後ろには、10台ほどのパトカーが連なっている状態。
こんなんじゃあ……。
碧が絶望する中、鷹村との通信が、イヤホンマイクに再び入る。
『神崎。 たった今、滋賀県警から無線が飛びこんだ。
交通課がロードスパイクと、封鎖ネットを用意してくれるそうだ』
碧の表情が、若干緩んだ。
「なんだ、そういうのがあるんなら、最初から用意してくださいよ」
『こいつは対暴走族用なんだ。 四輪車に効果があるかは、正直分からん』
「分からなくても、やるんですよっ! 私らの首の皮を繋ぐためにもねっ!」
鷹村の言う県警が用意したロードスパイクは、長さが5センチほどの中空パイプが敷き詰められた巻物状のもので、封鎖ネットも空気で瞬間的に膨らませられる、長さ約3.5m、高さ1.3mほどのエアフェンスだ。
どちらも、花火大会や大晦日など、暴走族が跋扈する現場で、二輪車の進路を妨害し、ライダーを制圧逮捕することを前提に開発されたもの。
他に、要人警護やデモ行為などで持ち出される、道路を封鎖するための本格的なフェンスや車止めも、一応あるにはあるのだが、ハコスカの動きが予測できない上に、設置に時間がかる。
おまけに犯人を無傷で逮捕しなければならない現状、機動力と安全性が確保された、暴走族用の備品で対処するしかないというのが、滋賀県警が出した結論なのだという。
『今、そいつを載せた車が、大津の県警本部から、こっちに向かってるらしい』
「だったら、安全に制圧できるポイントに装置を仕掛けて、そこにハコスカを突っ込ませるしかないな。
車が大破する危険も、栃尾がどこかに逃げ出すこともない場所に」
『しかし、ポイントが見つかったとして、奴をどう誘導するんだ?
県警のパトカーで、進路を完全に塞ぐことはできるが、万が一、気の狂った栃尾が、強引にパトカーに突っ込んだりしたら、それこそ俺たち一巻の終わりだぞ』
ハンドルを握る手に力がかかる。
目の前を悠々と走るハコスカを睨みながら、碧は考えをめぐらす。
破壊できない暴走車を、どうやって自分の手の中で転がすか。
「どうすればいい……この状況を一発で打破できる方法は!?」
彼女は鷹村との通信をいったん打ち切り、再度澪に話を聞くことにした。
今回の関係者で、栃尾と二人きりになっていた時間が長いのは、彼女だけ。
そこに、ヒントがあるはずと、碧は睨んだのだ!




