25, 琵琶湖畔決戦 -WHAT IS LOVE-
PM4:34
滋賀県草津市
烏丸半島前交差点
琵琶湖に突き出た三角形の烏丸半島。
県立博物館や動植物園、芝生広場のある憩いの場所だ。
この半島へ伸びる、分離帯付きの片側二車線道路 夕映え通りと、琵琶湖畔を南北に走るさざなみ街道がぶつかるのが、半島前交差点だ。
通りの名のごとく、オレンジに焼ける夕陽の下、ある男の運命を決めるカーチェイスの幕が開かれようとしていた。
サイレンを鳴らす滋賀県警のパトカーに追われているのは、栃尾の愛車、シルバーのハコスカGT-R。
片側一車線の道路で、前を走る一般車を強引に追い抜きながら、走り抜ける。
その一方で、碧のアウディ クワトロと、澪のマツダ ロードスターは、先回りせんと、夕映え通りを半島方向に走っていた。
パトカーのサイレンは聞こえるが、どこを走っているのか、それが分からなかった。
『碧!』
イヤホンマイクから聞こえた相棒の声に、碧は目を見開いた。
半島前交差点を、今まさにハコスカと、それを追いかけるパトカーが走り去っていくではないか。
「よっしゃ、見つけた!
澪、朝の鍛錬の見せ場だ。 しっかりついてきなよ!」
『了解っ!』
碧はクワトロのアクセルを踏み込み全開。
パトカーのケツに、しっかり食いつかんと、交差点をオーバーなドリフトで曲がっていく。
そのすぐ後ろを、ロードスターがタイヤを鳴らしながら、急カーブで追走。 一気に、ハコスカとの差を縮めていく。
「この先は守山市だ。 交通量も多くなる。
慎重かつ大胆に行くよ、澪!」
一方的に叫ぶと、碧は運転に集中する。
怒りと緊張に鋭くなる視界の先で、ハコスカは車体を振りながら、前を走る一般車を次々に追い越していく。
片側1車線、対向車も危ないとハンドルを切り、ブレーキをかける。
その後ろを、離されないよう追いかける碧のクワトロと、澪のロードスター。
「逃げられるかしら? ラリーの歴史を変えた、このマシンから!」
4WDのグリップは伊達じゃない。
一般車を交わしても、無駄な挙動は一切なく、むしろ前を走るパトカーが邪魔なほど。
となれば、澪はついてこれないのでは、と思うが、そうではない。
彼女は、碧が走ったコースをなぞるように走っていた。
ハンドルは大きく切らず、アクセルをこまめに調整しながら。
琵琶湖畔が光り輝く幹線道路。
パトカーが、イチかバチかと、前へ出るため対向車線に。
しかし――!
「あぶないっ!」
並ぼうとした瞬間、ハコスカが対向側に大きくはみ出した。
進路を妨害するために。
パトカーは衝突を避けるため、咄嗟にハンドルを左へ思いっきり切ると、盛り土された道路を外れ、斜面を転がり落ちながら横転、沈黙した。
対向車も咄嗟にブレーキを踏み、その後ろに止まりきれなかった車が追突。
事故現場をしり目に、2台は走り続けた。
がしかし、これは碧にとってチャンスでもある。
邪魔だったパトカーがいなくなり、栃尾との距離を詰められる。
「邪魔者は消えた」
アクセルをめいっぱい踏み込み、ハコスカの真後ろに迫った。
ナンバープレートがいやでも読めるだけの近さ。
これで、もう離さない。
そう思った矢先、ハコスカは大きな左カーブの先にある、丁字路を突然右折。
田園地帯を貫く、車一台が走れるほどの幅しかない農道に入ったのだ。
驚いた対向車線のゴミ収集車が、ハンドルを切り横転。
二車線道路は完全にふさがれた。
「……っ!!」
これには、碧も澪も面食らう。
咄嗟の出来事に動揺しつつも歯を食いしばりながらブレーキ、ゴミ収集車とぶつかる前に横滑りさせて停止。
冷や汗ものだ。
すぐにクラッチとギアを入れ替えバックし、体勢を元に戻し整え、アクセルを踏むと、クワトロも農道に入った。
同じく急ブレーキをかけたロードスターも後に続き、遅れて後ろからやってきたパトカー2台も追いかける。
「いったい、どうしてこんな道に?」
水の張られた田んぼに、夕焼けが乱反射して目が痛い。
これが理由か?
いや、視界を遮ってかく乱させたとて、それは栃尾にしても諸刃の剣。
しかもすぐに、十字路を左折し、さっきよりも更に細い道に入る。
また、十字路を右折、そして左折。
それを繰り返すと、遠くに見える住宅街めがけて、アクセルを踏み込んでいく。
この変な行動の理由に、澪はどうやら気づいたようだ。
『碧! 上を見て?』
「えっ!?」
『ヘリコプターよ! アイツ、ヘリをかわすために、この道に入ったんだわ』
「なるほどねぇ。 ヘリに搭載されたカメラの映像は、県警本部にリアルタイムで送信されている。
無論、このカーチェイスも、だ。
それを元に、さざなみ街道の先が封鎖されてる可能性があると踏んだんだ。 だから、こんなあぜ道に」
見ると、上空に黒い点がひとつ。
滋賀県警航空警察隊の誇るヘリコプター、いぶき だ。
碧の言う通り、機体右側には高性能カメラ、通称ヘリテレが装備されており、これは高高度を飛行していても、車のナンバープレートや人間の表情までしっかりと確認できる代物。
ヘリに睨まれれば、逃げ場は無い。 普通のオツムなら、そう諦めるはずなのだが……。
『住宅街に向かってるのも』
「ああ、そこでヘリから隠れる算段なんだろう」
『無駄なことなのに……』
「そう思わないから、こんな事件起こしたんだろ。
……澪、ヤツは少なくとも、もう5人殺してる。 これ以上の犠牲は無駄だ」
『ええ。 分かってるけど……こんなモンスター、いったいどうやって無傷で止めればいいのよ。
私の銃が使えれば、タイヤを撃って、田んぼに落とせば万事上手く行くけど』
そう言われ、碧は黙りこくってしまった。
彼女らに課せられたのは、栃尾を無傷で捕まえること。
こんな狭い道で横転させれば、大けがは必須。
しかも相手は、50年以上前に作られた、日本を代表するビンテージカーで、それが無茶な運転をし続けている状態。
エアバッグや、衝撃吸収構造なんて、安心安全なものはついていない。
事故らせた際に、栃尾が無事で済むかは、碧でも分からないのだ。
「いったい、どうやって止めればいいんだ……っ!」
下唇を噛みながら、彼女は恨みたくなる気持ちを押さえながら、この状況を打開する策を練るのであった。




