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天使突抜ッ! ~可憐な運び屋の危険な日常~  作者: JUNA
mission3: トーテム・フェーズ ~荷物に隠れた秘密の暴露~
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20, 一条の希望

 ――澪が監禁されていた同時刻

 PM3:57

 滋賀県栗東市

 国道1号線


 2時過ぎから、滋賀県内の空は厚い雲に覆われていた。

 澪のロードスターが京都を絶って、間もなく4時間。

 一般道を使っていたとしても、もう長浜に着いていておかしくない。

 だが、目的地にたどり着くどころか、彼女は愛車もろども消えてしまっていた。


 持たせたGPSだけでなく、スマホも電源を切られたのか、反応しない。

 京都府警の連絡を受けて、滋賀県警が総力を挙げて、最重要容疑者の栃尾と、彼が乗っているであろう澪のロードスターを懸命に探していた。


 無論、碧もだ。


 真っ赤なアウディ クワトロは、あてもなく闇雲に、道路という道路を走り回っていた。

 ウィンカーも焚かず、前を走る車を強引に追い抜いていく。

 ハンドルを握り碧の額には脂汗が浮かび、焦燥しているのがわかる。

 

 「どこにいるんだよ、澪……」


 助手席に投げ置いたスマホは、画面を暗くしたまま沈黙している。


 今のところ、GPSの反応もない。

 スイッチが入れば、アラームが鳴るはず。

 それが、音沙汰ないということは――。

 いやな予感が、どうしても頭をよぎってしまう。

 彼女もまた、犠牲になった女子校生と同じように辱められて――


 「考えたらダメだ、碧! あいつは生きてる。

  小さいころから殺し屋稼業やってたようなヤツだ。 そう簡単に死ぬもんか」


 希望を持つよう自分に言い聞かせていた時、丁度、スマホが小刻みに震えた。

 電話?

 期待したが、相手は鷹村警部。

 一度自分を落ち着けるため、碧はクワトロを路肩に停車させて、車を降りた。


 「もしもし」

 『朝倉は、見つかったか?』

 「まだです。 国道一号の周りを、探しているんですけど……そっちはどうですか?」

 『滋賀県警に協力してもらって、主要幹線道に検問を敷いているが、まだ発見できていない。

  勿論、名神の各インターと鉄道駅にも、警官を配置してる』

  

 絶望的か、と思った時だ。

 鷹村が、ただし、と前置きして話を続ける。


 『ヤツが車を奪って、朝倉のもとに向かっている可能性が出てきたぞ』

 「本当ですか!?」 

 『近江八幡市内で、男が刃物で刺される事件があったんだ。

  その被害者が彩加大学の職員で、午前中、栃尾から車を預かったこと、その車を取りに来た際、今日出会ったばっかの恋人が待っていると言っていたこと、彼がナイフで切り付けてきたことを話してくれたよ。

  つい30分前の話だ』

 

 パートナーを恋人呼ばわりとは、はらわたが煮えくり返る思いだ。

 でも、希望はまだ残っている。

 

 「その車の車種とナンバーは?」

 『京都 533 り 2X- 3T。 シルバーのスカイライン 2000GT-R』

 「ハコスカですか」

 『そうだ。 リアにサメのステッカーが貼ってある個体で、京都だけじゃなく、大阪の殺害現場(げんじょう)付近でも、この車が目撃されていることが判明している。

  滋賀県警も、このハコスカを中心に捜索を行ってる。 特徴的な車だから、すぐに分かるはずだが……ひょっとしたら、乗り捨ててるかもな』


 車種を聞き、最初、碧は彼と同じ懸念を抱いた。

 シリアルキラーが、そんな目立つ車でにげるのか、と。

 ひょっとしたら、車を受け取った後、どこかで乗り捨てて、別の車を奪ってる可能性もありうる。


 しかし、その後の鷹村の付け足しで、その不安は消えた。

 裏付けるためにも、敢えて聞く。


 「そのハコスカですが、預かった時の詳細って、聞けてますか?」

 『一応な。

  今日の10時前に、急用ができたから夕方まで車を預かってほしいとの電話があって、わざわざ電車で京都まで出てきたんだ。

  その人も古いトヨタ セリカを持っていて、栃尾以外で、大学で旧車を運転できる唯一の職員だったそうだ。

  京都駅に着いたのが10時半ごろ』

 「私たちが駅前のホテルで会ったのが、11時ぐらいですから、時間は合いますね」

 『で、ハコスカを受け取り、運転して自宅に帰った。

  そして3時半ごろ、ふらりとやってきた栃尾を、車に案内しキーを渡したところ、いきなり腹をナイフで刺してきたと、こういう顛末なんだ』


 なるほど。

 そして、栃尾の捨て台詞が、恋人とドライブ。

 これで、はっきりした。


 「警部、私の勘が正しければ、ヤツは今もハコスカで逃げてるはずです」

 『その根拠は?』

 「ヤツはある種の偏執狂なんですよ。

  自分と関係のある被害者、殺害後に例え汚れていても持ち帰る下着、そして目立つと分かってるはずなのに、逃走車に選ぶ旧車。

  彼には、下準備から犯行に至るまでに、いろいろなこだわりがあるように見えるんです。

  もはや、信仰と言ってもいいかもしれません。

  新京極にしても、ニュースによれば、最初は盗難車で公衆トイレに、女子校生の遺体を運んだそうじゃないですか」

 『ああ、間違いない』

 「それなのに、ハコスカで逃げて、今こうして警察にマークされている。

  分かっているはずなのに、わざわざリスクを承知でハコスカを預け、回収したということは――」

 『強いこだわり、偏執狂か』


 鷹村も、彼女の言わんとすることが分かった。

 ヤツは自分の中にたてた筋書きにそって、変な意味、ドラマチックに女の子の命を奪っている。

 

 「ならばこの先、逮捕されるまでずっと、ハコスカと運命を共にするはず。

  引き続き、緊急配備はハコスカをメインに続けるべきです!」

 『だが、肝心の朝倉がどこにいるのか……』


 そうだ。

 そいつが分からなければ、意味がない。

 あてもない心情を写すように、頭上を雲の塊が流れていく。

 希望というのは、唐突にもたらされるもの。

 灰色の雲が薄まり、そこから漏れた一条の光が、碧を照らした時だった。


 ピーピー。


 スマホが鳴る。


 緊急通報が入りました。 緊急通報が入りました。


 無機質な音声が流れる。


 「えっ!?」


 碧は驚きを見せつつ、鷹村との会話を遮って、スマホの画面を注視した。

 地獄に仏。

 それは、澪のGPSが作動し、緊急通報システムが異状なく作動したことを物語っていたからだ。


 「まさか―― きたああああああっ!!」


 はばかることなく、澪は大声で叫びながら、GPSの位置情報を手繰り寄せる。

 震える指がスワイプする画面。

 かっと見開いた眼が、指し示す場所は!?


 「澪のGPSが入りました!」

 『場所は?』

 「守山のオオトモマリーナ、琵琶湖のすぐそばです!」

 『分かった! 至急、全パトカーを向かわせる!』


 通信を終えると、期待と興奮が沸き起こる感情を押さえながら、再びアウディ クワトロの運転席に滑り込んだ碧。


 「絶対に助ける。 ふいになんか、するもんか!」


 いつの間にか雲はいなくなり、茜色に焼けた空が広がっている。

 確固たる意志を、キーからエンジンに伝わせ、唸り上げたクワトロは、アクセル全開でGPSが指し示す場所へと向かうのであった。

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