13, 車内の雰囲気は最悪
マジでいい加減にして欲しい。
「へぇ~、澪さんもお酒飲むんですね。 なんだか意外だなぁ。」
「そんなガブガブ飲みませんよ。 たしなむ程度です」
澪と栃尾を乗せたロードスターは、順調に京都市内を東へ向かって走り続ける。
JRのアンダーパスを抜け、河原町五条交差点を右折。
牛若丸と弁慶が出会った五条大橋を超えると、道路は山へ向かって伸びていく。
国道一号線。
道なりに進めば、山科に入る。
「澪さんって、音楽とかよく聞きます?」
「ええ。 気分転換に」
「最近、どんなの聞きました?」
ホテルを出発してから、栃尾の口は開きっぱなしだ。
とにかく澪と会話しようと、いろんな話題を出してくる上に、いろいろとおだててくる。
プライベートのこと、仕事のこと、今流行ってるモノや好きなお酒に食べ物……正直、澪はうざったかった。
それに、いつの間にか朝倉から、澪呼ばわり。
もう、恋人気分だ。
「最近、聞いた曲ですか? えーと……星街すいせいさんのビビデバ とか」
「へぇ~。 澪さん、Vtuberとか見るんですね」
「ええ」
もう、早くこの会話地獄終わってほしい。
高低差のある大きなカーブの連続する道。
何本目かの右へ向かうカーブを抜けると、進行方向右側に新幹線の線路が見えてくる。
「あっ!」
すると、彼女を慰めると言わんばかりに、向こう側から黄色い新幹線が走ってくるではないか。
ドクターイエロー。 正式には新幹線電気軌道総合試験車という、走りながらレールや架線の様子を点検する、特別な電車である。
時刻表には載らないレアな新幹線ゆえに、見ると幸せになれるというジンクスがあるほど。
「ドクターイエローだ!」
澪は、ドクターイエローとすれ違いながら、鉄道好きとしての興奮と、この後の幸福に胸を躍らせる。
一方の栃尾は、そんなドクターイエローには興味を示さず、まだまだ澪に話しかけ続けている。
「ひょっとして、好きな推し、とかいるんですか?
ほら、好きなVに、スパチャ飛ばすとか、よく言うじゃないですかぁ」
「特定の、って言うのは、特に無いですかね。
箱とか関係なく、面白いなぁ~って人のを聞いてるので。
春雨麗女さんとか、ヒメヒナさん――」
「箱って、なんです?」
「所属事務所とかグループのことです」
「ふぅ~ん」
まただ。
沈黙が、車内を包み込む。
栃尾は、そうやって浅く会話を掘ってくるが、それ以上の話はしてこない。
自分に興味のないことは、例え好きな人の話であろうとも、どうでもいいのだろう。
「栃尾さんも、Vtuberの配信って見るんですか?」
「いや、別に」
「もしよかったら――」
「いいっすよ、別に。 興味ないんで」
ダイレクトに言ってきた。
そんな態度で、昨日まで知らなかった異性と、お近づきになりたいなど、虫が良すぎる。
例え相手が“ボッコちゃん”でも、甘い言葉で振り向くことなど無いだろう。
しかし、だ。
そんな苦痛も、あと1時間もすれば、おさらば。
車は間もなく、名神高速 京都東インターに差し掛かる。
ここからハイウェイに乗れば、米原まで一直線。
あとは研究所で、この男の虚栄心を満たせば、依頼完了と。
「それじゃあ、京都東から名神に乗りますね」
そう言って、頭上の案内標識を確認。
インターへと向かうレーンへ、ウィンカーを点滅させた時だ。
「待ってください」
「えっ!?」
栃尾が声を発し、ルームミラーを見た。
澪のロードスターに続いて、何台か、左車線に入ってくる。
「後ろの黒い車」
「ん?」
澪が覗き込むと、3台後ろに黒いミニバンがいた。
トヨタ ヴェルファイア。
乗っているのは、スーツに身を包んだ男二人。
「澪さん、お話で全然気づいていないかもですが、あの車、ホテルを出た少し後からついてきてましたよ」
「え、そんな――」
「その、まさかです。
もしかしたら、脅迫状を出したテロリストかもしれません。 高速には乗らないでください」
「ですが――」
「あの身なり、もう全身から、怪しい感じがしませんか?
頼みますから、依頼人の言う通りに運んでください!」
彼は、脅えているかのように、顔をゆがませ、額の汗をぬぐう。
しかし澪は、逆に疑問でしかない。
確かにずうっと彼女は、栃尾と話をしていた。
だが、まかりなりにも彼女は、関西でも名うての運び屋のひとり。
後ろから変な車がついてきていたり、どこかで待ち伏せの気配を感じれば、例え推しの話をしていても気が付く。
それでなくとも、澪はかつて、ヨーロッパで名の通った殺し屋だったのだから。
「私が気づかなかったなんて……そんなことある?」
しかし、ここで彼を否定するのは得策ではない。
輸送任務においての重要事項は様々あるが、依頼人の要求を受け入れ、臨機応変に動くことも、そのひとつだ。
これが栃尾の被害妄想だったとしても、彼の不安を取り除きつつ、最適な別プランを速やかに用意して行動する。
一流の運び屋とは、そう言うものだ―― とは、碧の受け売りだが。
「分かりました。 このまま京都東を通過し、一般道を走行して、米原に向かいます。
ですが、高速道を使い、速やかに荷物を運ぶ方が、この場合は得策です。
滋賀に入り、仮に不審車両がいないと判断できた場合、瀬田東インターから、再度名神高速に入ります。
それで、いいですね」
「大丈夫です」
栃尾の了承を得た澪は、そのまま国道を直進する。
左車線には“名神” 、右車線には“1号” と、それぞれ矢印付きで、路面に刻まれている。
そして、黄緑色に塗られた左折レーンが見え始めた時だ。
澪は、そこに差し掛かるふりをして、右ウィンカーを点滅。 国道1号を大津市方面に直進するルートを取った。
道を間違えた、と言わんばかりに。
「やはり」
案の定というか、澪はルームミラー越しに、後ろを走るヴェルファイアの様子をうかがった。
動揺することなく、車は高速道路へ吸い寄せられるかのように、走っていく。
第一、当のヴェルファイアは車高を低くしているカスタムカーで、ナンバーも尾張小牧ときた。
国際的なテロリストが、そんな他県ナンバーの改造車など持ってくるだろうか。
「なにをしようとしてるの、この男は…… 進路をわざと大津に向けるなんて」
穏やかな表情を維持する栃尾から、その考えは全く分からない。
いや、今は運転に集中しないと。
いつもは助手席に乗っている澪。
不慣れから来るストレスは段々と蓄積されつつあったが、瀬田で高速に乗ればすぐ終わると、自分に言い聞かせる。
2人の乗せたロードスターは、そのままインターを過ぎると、同じく京都から大津へ抜ける京阪線の線路と並走。
高速道路の効果をくぐると、山の中を突き抜ける道を、ゆっくりと走り続けるのであった。




