6. ファミリーレストラン
『―― とのことです。 関西地区では先週木曜、大阪府豊中市で21歳の女子大学生が、自宅近くの雑木林で殺害されているのが発見されるなど、同様に若い女性を狙った殺人事件が相次いでおり、京都府警は、今回発生した2つの事件について、大阪の事件と同一犯の犯行とみて調べを進めています』
レストランの壁にかかったテレビを見ながら、碧は大きく体を伸ばした。
ここは京都伏見、国道一号沿いにあるファミリーレストラン。
ブランチをいただき、眠気にまどろむ十時半。
ワイドの間に挟まる、報道フロアからの最新ニュースは、魚の小骨にもならないような、ふにゃっと刺さらないものばかり。
かと言って、メインディッシュはメジャー日本人選手の活躍と、朝ドラ女優の二股疑惑、そして大阪で起きている連続殺人事件と、犬でも食わないネタしかそろってない。
流石に退屈してきた。
ドリンクバーのアメリカンも冷めるほどに。
「また犠牲者が出たって?」
バニラ・オレを手に、澪がドリンクバーから戻ってきた。
彼女の話題も、今朝見つかった連続殺人鬼の被害者の話だ。
警察も、犯人の特徴を全く見つけられていないことから、SNSでも非難の的になっている。
「みたいだねぇ。 しかも今回は、新京極の公衆トイレで見つかったそうだ」
「昨日は向日町車庫近くの廃倉庫、その前の大阪だと雑木林とか、ひとけのない公園……どんどん手口が大胆になってるわね」
「裏社会の人間なら、相応しい死に場所だが――」
碧は、冷えたアメリカンをすすって、つづけた。
暗くどす黒い目をしながら。
「明日ある少女が死ぬには、全くムードの無い場所だ。
何を考えてるか知らないが、これだけ人が死んで、誰しもが警戒心を持っていても、犠牲者が増え続けている。 相手は私らが思うほど、ぱっと見狂った人間ではないな。
いうなれば、そう、中途半端な獣さ」
「シャチ?」
「ああ。 普段はおとなしそうで、人畜無害な様を装っているが、ひとたび街で犠牲者を見つけると、本能のままに獲物を狩るハンターに成り代わるんだ。
目をつけられたアシカは最後、シャチに咥えられ、空に放り投げられ、弄ぶのに飽きたところで、命を奪う。 そしてまた、新しいアシカを探しに行く。
そういうイキモノさ。
私には大層な学歴もない。 心理学だの犯罪学だの、そんなもんを詰み込めるオツムは持ち合わせていないが、そのテの連中には、何人も出会ってきたから分かるだ」
高説垂れる碧に、澪は大きくため息を吐くと、バニラ・オレに口をつける。
「気づかないもんなのかね……そんなシャチに成長する前に、誰かが、どこかで」
「こういう手合いは、幼少期の“荒んだ環境”の賜物さ。
歪んだココロを育ませていたとしても、そもそも周りの誰もが興味を持ってないから、気づくわけがない。
そうしている間に、自分の歪みを普通だと捉え、周りとの齟齬を隠すために、仮面を被って、一般人を装うのさ。
賭けてもいい。
犯人が捕まったら、周りの人間は絶対に、こう言うはずだ。
“そんな残酷なこと、するような人には見えませんでした”ってな」
「上等文句ね」
自らの思想を垂れ流した碧は、コーヒーを一気に飲み干す。
見つめていた黒い水面は消え、顔をあげると、そこには憂鬱な表情の相棒。
どす黒い闇に落ちそうな碧を、こちら側に引っ張り上げてくれる、光の存在だ。
フフッと、彼女は自らを嘲笑するように笑った。
「ま、そうは言っても、私らは学者でも探偵でもない。
ただの運び屋、天使運輸のエンジェルさんだ。
いくら殺人鬼のことを推理しても、なんの足しにもならんしね。
そいつが、私らのお客になるのなら話は別だけどさ」
「現実的ね」
まあ、事実ではあるのだが。
「あーあ、依頼人のひとりでもこないかなぁ~」
などとオーバーに腕を組み、天井を見上げながらぼやいていると、どこからか、バイブレーションが小刻みに振動する音が聞こえてくる。
だが、テーブルの上にある2人のスマートフォンは、沈黙したまま。
澪の身体から、その音は聞こえてくる。
震える感覚が長いことから、彼女はおやっと、眉を吊り上げた。
「噂をすれば、だね」
「ホットラインか」
澪はスカートのポケットから、もう一つのスマートフォンを取り出した。
手に収まるほど小さく、古いタイプのiPhone。
仕事用の端末で、事務所の電話も、不在などで応答がない場合に、こちらに転送されるようにしてあるのだ。
非通知画面をスワイプすると、その場で電話に出た。
「もしもし、天使運輸です」
顧客との電話は主に、澪がしている。
相槌を打ち、傍の紙ナプキンと、アンケート記入用のボールペンに手を伸ばし、なにかを書き始めた。
その間に碧は、飲み干したコーヒーのおかわり。
大きな音を立て、ドリップマシンがコーヒーを絞り出したころには、澪の電話は終わっていた。
「仕事よ、碧」
席に戻るや否や、澪は書きなぐったナプキンを眺めながら、そう切り出した。
「どこから?」
「一見さんね。 トチオさんっていう、京都彩加大学の研究員だそうよ」
「彩加大っていうと、北山にある私大だなぁ。 で、打ち合わせ場所と時刻は?」
「11時に、京都駅前のビジネスホテルよ。 えーと……カムロホテル京都八条口、512号室」
その言葉を聞き、碧は自らの脳内にある京都のロードマップを開いた。
京都駅の南側、新幹線改札から徒歩五分の位置にある、全国チェーンのビジネスホテルだ。
「オッケー。 丹波橋の車庫にキャリアカー置いて、そのまま向かいますか」
「車は、どうする?」
「要件を聞き次第だけど、その場ですぐって可能性もある。
オールマイティに扱える、別の車で直接ホテルに向かうよ。 スタリオンじゃあ、スピードは出るが、荷物はそんなに積み込めないからね。
澪はそのまま、ロードスターで向かってくれればいい」
「了解」
2人は、目的地までの手はずを済ませると、ドリンクを一気に飲み干し、席を立つのであった。
大きな駐車場を出たキャリアカーは、10分ほどで、天使運輸の管理するガレージに到着した。
整備工場跡地を間借りしたガレージで、仕事に使う様々な車が、置かれている。
キャリアカーから降ろされたロードスターに乗り、澪は一足先に京都駅へ。
一方の碧は、平屋のガレージの扉を開けて、愛車のスタリオンを仕舞うと、その横に停めてあった、白い車を引っ張り出した。
碧の経験則、こういう飛び込みの依頼は、大量の荷物を用意しておいて、その場で大至急運んでほしいという、宅急便も真っ青な依頼をしてくる輩も、少なくない。
一見さんなら、殊更に。
断ってもいいが、彼女が依頼を断るのは、3つのルールを破った相手のみ。 けんもほろろに断ることは、碧の、天使運輸のモットーに反する。
しかし、そういう無茶ぶりにうってつけの車が、この丹波橋ガレージにはあった。
荷室が長く大きい、ステーションワゴンタイプのライトバン。
トヨタ プロボックス。
走破性と居住性、そして十二分な積載量の全てを兼ね備えた、最強の営業車用バンである。
「さて、お仕事お仕事」
碧はすぐさま、キーを回してエンジンをふかすと、澪の後を追うように、国道を一路北上するのであった。




