表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使突抜ッ! ~可憐な運び屋の危険な日常~  作者: JUNA
mission3: トーテム・フェーズ ~荷物に隠れた秘密の暴露~
66/95

6. ファミリーレストラン

 『―― とのことです。 関西地区では先週木曜、大阪府豊中市で21歳の女子大学生が、自宅近くの雑木林で殺害されているのが発見されるなど、同様に若い女性を狙った殺人事件が相次いでおり、京都府警は、今回発生した2つの事件について、大阪の事件と同一犯の犯行とみて調べを進めています』


 レストランの壁にかかったテレビを見ながら、碧は大きく体を伸ばした。

 ここは京都伏見、国道一号沿いにあるファミリーレストラン。

 ブランチをいただき、眠気にまどろむ十時半。

 ワイドの間に挟まる、報道フロアからの最新ニュースは、魚の小骨にもならないような、ふにゃっと刺さらないものばかり。


 かと言って、メインディッシュはメジャー日本人選手の活躍と、朝ドラ女優の二股疑惑、そして大阪で起きている連続殺人事件と、犬でも食わないネタしかそろってない。

 流石に退屈してきた。

 ドリンクバーのアメリカンも冷めるほどに。


 「また犠牲者が出たって?」


 バニラ・オレを手に、澪がドリンクバーから戻ってきた。

 彼女の話題も、今朝見つかった連続殺人鬼の被害者の話だ。

 警察も、犯人の特徴を全く見つけられていないことから、SNSでも非難の的になっている。


 「みたいだねぇ。 しかも今回は、新京極の公衆トイレで見つかったそうだ」

 「昨日は向日町車庫近くの廃倉庫、その前の大阪だと雑木林とか、ひとけのない公園……どんどん手口が大胆になってるわね」

 「裏社会の人間なら、相応しい死に場所だが――」


 碧は、冷えたアメリカンをすすって、つづけた。

 暗くどす黒い目をしながら。


 「明日ある少女が死ぬには、全くムードの無い場所だ。

  何を考えてるか知らないが、これだけ人が死んで、誰しもが警戒心を持っていても、犠牲者が増え続けている。 相手は私らが思うほど、ぱっと見狂った人間ではないな。

  いうなれば、そう、中途半端なシャチさ」

 「シャチ?」

 「ああ。 普段はおとなしそうで、人畜無害な様を装っているが、ひとたびオオウナバラ犠牲者アシカを見つけると、本能のままに獲物を狩るハンターに成り代わるんだ。

  目をつけられたアシカは最後、シャチに咥えられ、空に放り投げられ、弄ぶのに飽きたところで、命を奪う。 そしてまた、新しいアシカを探しに行く。

  そういうイキモノさ。

  私には大層な学歴もない。 心理学だの犯罪学だの、そんなもんを詰み込めるオツムは持ち合わせていないが、そのテの連中には、何人も出会ってきたから分かるだ」

 

 高説垂れる碧に、澪は大きくため息を吐くと、バニラ・オレに口をつける。


 「気づかないもんなのかね……そんなシャチに成長する前に、誰かが、どこかで」

 「こういう手合いは、幼少期の“荒んだ環境(えいさいきょういく)”の賜物さ。

  歪んだココロを育ませていたとしても、そもそも周りの誰もが興味を持ってないから、気づくわけがない。

  そうしている間に、自分の歪みを普通だと捉え、周りとの齟齬を隠すために、仮面を被って、一般人を装うのさ。

  賭けてもいい。

  犯人が捕まったら、周りの人間は絶対に、こう言うはずだ。

  “そんな残酷なこと、するような人には見えませんでした”ってな」

 「上等文句ね」


 自らの思想を垂れ流した碧は、コーヒーを一気に飲み干す。

 見つめていた黒い水面は消え、顔をあげると、そこには憂鬱な表情の相棒。

 どす黒い闇に落ちそうな碧を、こちら側に引っ張り上げてくれる、光の存在だ。

 フフッと、彼女は自らを嘲笑するように笑った。


 「ま、そうは言っても、私らは学者でも探偵でもない。

  ただの運び屋、天使運輸のエンジェルさんだ。

  いくら殺人鬼のことを推理しても、なんの足しにもならんしね。

  そいつが、私らのお客になるのなら話は別だけどさ」

 「現実的ね」


 まあ、事実ではあるのだが。


 「あーあ、依頼人のひとりでもこないかなぁ~」


 などとオーバーに腕を組み、天井を見上げながらぼやいていると、どこからか、バイブレーションが小刻みに振動する音が聞こえてくる。

 だが、テーブルの上にある2人のスマートフォンは、沈黙したまま。

 澪の身体から、その音は聞こえてくる。

 震える感覚が長いことから、彼女はおやっと、眉を吊り上げた。


 「噂をすれば、だね」

 「ホットラインか」 


 澪はスカートのポケットから、もう一つのスマートフォンを取り出した。

 手に収まるほど小さく、古いタイプのiPhone。

 仕事用の端末で、事務所の電話も、不在などで応答がない場合に、こちらに転送されるようにしてあるのだ。

 非通知画面をスワイプすると、その場で電話に出た。


 「もしもし、天使運輸です」


 顧客との電話は主に、澪がしている。

 相槌を打ち、傍の紙ナプキンと、アンケート記入用のボールペンに手を伸ばし、なにかを書き始めた。

 その間に碧は、飲み干したコーヒーのおかわり。

 大きな音を立て、ドリップマシンがコーヒーを絞り出したころには、澪の電話は終わっていた。


 「仕事よ、碧」

 

 席に戻るや否や、澪は書きなぐったナプキンを眺めながら、そう切り出した。

 

 「どこから?」

 「一見さんね。 トチオさんっていう、京都彩加大学の研究員だそうよ」

 「彩加大っていうと、北山にある私大だなぁ。 で、打ち合わせ場所と時刻は?」

 「11時に、京都駅前のビジネスホテルよ。 えーと……カムロホテル京都八条口、512号室」

 

 その言葉を聞き、碧は自らの脳内にある京都のロードマップを開いた。

 京都駅の南側、新幹線改札から徒歩五分の位置にある、全国チェーンのビジネスホテルだ。

 

 「オッケー。 丹波橋の車庫にキャリアカー置いて、そのまま向かいますか」

 「車は、どうする?」

 「要件を聞き次第だけど、その場ですぐって可能性もある。

  オールマイティに扱える、別の車で直接ホテルに向かうよ。 スタリオンじゃあ、スピードは出るが、荷物はそんなに積み込めないからね。

  澪はそのまま、ロードスターで向かってくれればいい」

 「了解」


 2人は、目的地までの手はずを済ませると、ドリンクを一気に飲み干し、席を立つのであった。

 大きな駐車場を出たキャリアカーは、10分ほどで、天使運輸の管理するガレージに到着した。

 整備工場跡地を間借りしたガレージで、仕事に使う様々な車が、置かれている。

 キャリアカーから降ろされたロードスターに乗り、澪は一足先に京都駅へ。

 一方の碧は、平屋のガレージの扉を開けて、愛車のスタリオンを仕舞うと、その横に停めてあった、白い車を引っ張り出した。


 碧の経験則、こういう飛び込みの依頼は、大量の荷物を用意しておいて、その場で大至急運んでほしいという、宅急便も真っ青な依頼をしてくる輩も、少なくない。

 一見さんなら、殊更に。

 断ってもいいが、彼女が依頼を断るのは、3つのルールを破った相手のみ。 けんもほろろに断ることは、碧の、天使運輸のモットーに反する。

 しかし、そういう無茶ぶりにうってつけの車が、この丹波橋ガレージにはあった。

 荷室が長く大きい、ステーションワゴンタイプのライトバン。

 トヨタ プロボックス。

 走破性と居住性、そして十二分な積載量の全てを兼ね備えた、最強の営業車用バンである。


 「さて、お仕事お仕事」


 碧はすぐさま、キーを回してエンジンをふかすと、澪の後を追うように、国道を一路北上するのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ