5. 不審車両
「トイレ前に放置されていた車ですが、盗難車でした。
昨日の午後3時過ぎに、中京警察署に被害届が出ています」
宮田刑事の報告に、鷹村は首を傾げた。
新京極は繁華街で、夜明け前までやっているバーや飲み屋もある。
人通りは、ほとんど無いわけではないのだ。
それなのに、清掃員がやってきて、ようやく事件は判明した。
誰も不審な車の存在に、気づかなかったというのか?
「でも、盗難車が2時間近く、こんなところに停まってたら、だれか怪しむんじゃないのか?
いつも止まっていないような車なら、なおさら」
「それがですね、この辺は飲食店が多く、早朝になると、食材や飲み物を補充したり回収する業者がやってくるため、てっきり、そういう業者の車だと、みんな勘違いしていたそうなんです」
鷹村警部は、ようやく自身の大きな疑問に納得した。
「なるほどね。 白い業務用のバンが停まってりゃあ、そう思うわな」
「車両後部の荷室からは、血を拭きとった痕跡が見つかっています。
トイレ近辺に、目立った血痕が無いことを見ると、犯人は被害者を車内で殺害し、遺体を新京極へ運んだものと見られます」
そうして、わざわざ貼り付けのように遺体を掲げ、体を傷つけたというのか。
車の中で、少女の首にナイフを突き立てて。
「昨日は縛り上げて殺し、今日は殺した後、遺体をアートのようにして辱める。
段々と猟奇的になってきてる……早くヤツをとめないと、もっと残忍な方法で、少女を殺しかねんぞ」
「大阪で殺された2人も、かなり残忍な殺され方をしていたと、府警の担当捜査官が話していました。
しかし警部、犯人の目的が、少女を残酷に殺すことだとして、どうして“アレ”を持ち去るんでしょうか?」
アレとは、犯人の猟奇的な行動を、一段と指し示す物的証拠だが――
そのことを議論する間もなく、鷹村警部を呼ぶ声が響いた。
野次馬をかきわけ、規制線テープをくぐって現れたのは、彼の部下で、女性刑事の神島千明。
「警部! 不審車両の目撃情報、出ました!」
「本当か!?」
「近くのバーの店主が朝の7時ごろ、この近くにあるコインパーキングから、猛スピードで車が走り去るのを目撃しています」
「車種とナンバーは分かるか?」
そう聞かれると、彼女は、それが…… とどこか自信なさげに呟いて、つづけた。
「ナンバーは京都 533 り 2X- 38。 色はシルバー。
ハコスカと呼ばれる、古い型のニッサン スカイラインGT-Rです」
「ハコスカだと!?」
その車種に、鷹村は自分の耳が信じられず、大きく聞き返してしまった。
車好きでなくとも、一度は見たことがあるであろう、スポーツカーの名車だ。
元々スカイラインという車は、プリンスという自動車会社が生産する車だったが、この会社が1966年に、日産自動車と合併。 その後に生まれたスカイラインの高性能モデルがGT-Rである。
特に角ばっていながらも、スポーティーなフォルムの初代GT-Rは、 「ハコスカ」の愛称で親しまれており、現在も国内外で人気の高い、国産スポーツカーの殿堂ともいえる車なのだ。
「本当に、ハコスカで間違いないのか?」
「ええ。 店主は、古いマツダを乗り回しているぐらい、大の旧車好きで、見かけた車は2ドアハードトップのハコスカに間違いない、ということです。
河原町通りのコインパーキングを出ると、大きく蛇行して、ガードレールにぶつかりそうになりながら、三条方面に走り去ったと」
「そうか」
「証言に関しては間違いなさそうなんですが…… 少女5人も殺してる殺人鬼が、そんな目立つ車に乗りますかね?」
神島刑事の懐疑心は、ごもっともだ。
しかし一方で、連続殺人鬼が目立つ車に乗っていたケースがあることも、また事実である。 そのため、現場から逃走した車が、希少価値の高い日本車だからと言って、捜査線上から外していい理由にはならない。
第一、ハコスカ以外の目撃証言がないという、まぎれもない事実があるのだ。
「他に、怪しい人も車も、見かけてないんだろ?」
「ええ」
「だったら、空振り覚悟で調べるしかないじゃないか。
フェアレディZ乗り回していた殺人鬼も、過去にはいたんだ。 ハコスカ乗り回しても不思議じゃないだろう」
「早速、陸運局に問い合わせます」
鷹村は頷くと、宮田刑事の顔を見た。
「宮田は科捜研に行って、Nシステムの解析を頼め。
ハコスカは三条方面に逃走している。 どこに行ったのか、徹底的に追いかけるんだ!」
「了解」
上司の指示で2人は、それぞれの任務をこなすために現場を後にする。
彼らの後ろ姿を見送ると、今度は倉門刑事に言った。
「倉門は俺と一緒に、大阪府警の担当捜査官に会ってくれ。
過去3人の被害者と、殺された2人の女生徒の接点を、もう一度最初から洗うんだ」
「接点ったって……相手は何を考えているか分からない殺人鬼ですよ?
あるとすれば、全員10代後半から20代前半で、アレが奪われてることしか」
弱音を吐く倉門に対し、鷹村はしっかりとした考えを持っていた。
「どんな人間にも、十人十色の趣味趣向があるように、殺人鬼にも他人とは一線を画す、譲れない趣向があるものだ。
アレを奪っているのが、その証拠だが、もしかしたら、それ以外にも、犯人の手掛かりになる、何らかの趣向的手掛かりを残しているのかもしれない。
これだけの被害者が出ていても、俺たち警察は、犯人の詳しい身元を判明できずにいるんだ。
もう一度、初手に帰って考えないと、事件解決は程遠いよ」
「そうですね……そうとなれば、ここで立ち止まってる暇はありません。
あとは所轄と鑑識に任せて、本部に戻りましょう」
倉門に続いて、規制線の黄色いテープをくぐろうとした時、鷹村はふと事件現場を振り返った。
警察車両に運び込まれる女生徒の遺体袋は、無理やり硬直を解いたからか、少し膨らんでいるように見える。
それが、鷹村の中にある二つのココロを揺さぶるのだ。
どんな犠牲を払ってでも事件を解決させると奮い立たせる、職業病のようなデカのココロ。
無残に奪われた命と、その現実を受け入れなければいけない遺族の悲しみを想像してしまい締め付けられる、人間のココロ。
感じるなと言えばそれまでだが、人間はそう簡単に、ニンゲンを捨てられないのだ。




