4. 新京極― 新たな犠牲者
2人が宇治で走りこんでいたのと、同じ頃――
AM8:27
京都市中京区
新京極
日中は、多くの観光客でにぎわう、京都中心部の商店街だ。
その歴史は、寺町通の寺院の縁日が並んだことから始まり、見世物小屋や映画館が集まった近代に、現在の繁華街的な原型が作り出された。
戦後、修学旅行のコースに組み込まれると、新京極は一気に、観光客向けの商店街となり、現在は外国人観光客の姿も多く見られる。
今でも新京極には、若年層向けの店が立ち並び、老舗の土産屋と全国展開のチェーン店、台湾や韓国の人気スイーツ店が共存するなど、他の商店街とは一線を画す異色な姿で、人気の場所だ。
だが、朝の8時という時間は、夜通し空いていた飲食店も暖簾をおろし、土産屋もシャッターをおろしたまま。
開いているのは離れた大通りの牛丼屋ぐらい。 そんな状況だ。
そう、今日のパトカーと警察官が集結している状態を除けば――。
新京極と蛸薬師通が交差する場所に、ゲームセンターがある。
これが独特で、入り口上部に、尾翼をぶつ切りにされた、緑色のセスナ機が、看板代わりに貼り付けられているのだ。
まるで、十字架のように。
交差点を挟んで、ゲームセンターの対角線にある公衆トイレ。
ここに、パトカーが止まり、周りを見えないよう、青いビニールシートで目隠ししていた。
捜査官が出入りしているのは、女子トイレ。
現場に到着した鷹村は、昨日以上に、その状況に心を痛めた。
「なんだって、こんなことを……」
ドアが開け放たれた、狭い和式便所。
その中で、宙に浮いている制服姿の少女がいたのだ。
いや、吊り下げられた、という方が正しい。
白いシャツの両袖に、デッキブラシが通され、個室トイレの壁の上にかけられている状態だ。
まるで、十字架の磔刑のように。
ツインテールの少女は、首にナイフが差し込まれたまま、目を見開いて息絶え、口にはダクトテープ。
しかし、それ以上に猟奇的なのは、彼女の胸部だ。
シャツのボタンを引きちぎり、ブラシャーを切り取って、その豊かな乳房に、赤く文字が刻まれていた。
「I am airplane HAHAHA」
現場近くのゲームセンターのオブジェに、被害者を重ねたイタズラとでも言うのか。
文字は、ぱっくりと割れ血がにじんでる。
殺された後、刃物状の凶器で刻まれたのだろう。
悪趣味極まりない。
その横で、倉門刑事が報告する。
彼の顔も青ざめていた。
「被害者は、三島 ミウ。 京都彩加大学附属学園高等部3年。
トイレ内に捨てられていたカバンから、学生証が発見されています。
第一発見者は、市の委託を受けた清掃業者の女性です。
トイレに到着したのが午前8時前。 その際、普段は掃除用具置きに入っているはずの、使用中止の看板が、入り口に置かれていたのを不審に思い、中を調べた際に遺体を発見したと話しています。
向日町の事件同様、財布やスマホは、一切取られていませんが、例のアレはどこにも見当たりません」
「また、連続殺人鬼の仕業か。 死因は?」
首に刺さったままのナイフ、固まりかけた血がそれを物語っているが、形式的にも鷹村は、倉門に問うた。
「首を刃物で刺されたことによる失血死ですね。
遺体の硬直具合や、目の混濁から、死後2時間程度だとのことです。
あと、遺体に抵抗した形跡がなく、両手足首に縛られたアザがあるそうで、おそらく殺される直前まで縛られていたのだろうと」
「じゃあ、犯人は少女を縛って殺した後、わざわざ遺体を新京極のトイレまで運んできたっていうのか」
「はい。看板を置いて、誰も入らないようにしているところを見ても、計画的でしょう。
血文字も、乾き具合や傷の深さからして、ここで刻んだようですし」
鷹村警部は言葉を失う。
「なんて奴だ」
京都府警の警察官として、今までいろんな凶悪犯に対峙してきたが、これほど狂ったヤツは見たことが無かった。
だが、彼は倉門刑事からの報告で、さらなる狂気を垣間見ることとなる。
「それから警部、昨日のガイシャなのですが、更に詳しい解剖の結果、恐ろしいことが分かりました」
「どういうことだ?」
「殺された成瀬 レムさんの刺創管、つまり凶器が通過した部分が、通常のそれと比べて変形していたことが分かったんです」
「変形?」
鷹村が聞き返す。
刺殺された遺体の解剖では、凶器となった刃物の長さや刺さった方向、刃物が刺さった刺入口の形状などを調べる。
特に長さや方向などは、細い棒状の検査器具を用いて調べるのだが、その結果、刃物が通った痕は、まっすぐではなかったというのだ。
説明するまでもないが、通常刃物が人体に突き刺さった場合、その痕跡は刃物の形状に比例して、まっすぐとなる。
それが不可解に変形しているのだが、解剖医は冷静かつ残酷に、ひとつの結論を導き出す。
「つまりですよ、警部。
犯人は女子校生の胸を刃物で刺した後、少しだけ刃先を抜き、角度を変えて再び刺したんです。
まるで、心臓を抉るように」
「聞くだけでもひどいな……」
まるで処刑だ。
被害者はそんな最期を迎える程、ひどいことをしてきたのかと思うだろうが、鷹村の部下が懸命に行った聞き込みのよれば、そうは思えない。
学校関係者や両親、友人らに聞いたところ、被害者となった成瀬 レムは、非行とは程遠い生徒で、志望校である京都彩加大学に進学できるよう、毎日勉強にいそしんでいたのだという。
それを裏付けるように、行方不明になった時刻は、学習塾に向かう最中であったと考えられる。
また、このご時世、子供たちのトラブルと言えばインターネット、特にSMSを介したケースも考えられる。
特に今回は、連続殺人事件の犯人と何らかの接触をしている可能性が考えられる。
彼女もまた、XbirdやTick TackなどのSMSを利用しており、それを大阪府警のサイバー犯罪課に解析依頼をしている。
だが、今のところ、怪しい相手と会話した痕跡は全くない。 誰かと会う約束などもしていなかった。
そして、この事件だ。
これ以上は彼女の悲惨な姿を見てられないと、鷹村と倉門はトイレを出る。
すると、入って来た時には、てっきり鑑識のものだと思っていた、白いバンの存在に気づく。
トイレのすぐ横に放置されていた、京都ナンバーのタウンエース。
荷台を開けて、鑑識が作業を行っていたからだ。
「あの車は?」
「遺体発見時から、放置されていました。
カギが刺さったままで、車内から血痕が見つかっていますから、犯人が乗ってきた車だと思われます。
今、宮田刑事が車のほうを、調べているところです」
そう話した矢先、若手の宮田刑事が走ってきた。




