表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使突抜ッ! ~可憐な運び屋の危険な日常~  作者: JUNA
mission3: トーテム・フェーズ ~荷物に隠れた秘密の暴露~
63/95

3. Jターン

 「こんなとこかな」


 ロードスターのエンジンが温まる中、運転席に座る碧は、インパネ中央部― ちょうど、エアコン温度調節ツマミの下にある、電動ルーフのボタンに手をかけながら、助手席の澪にレクチャーを始めた。

 

 「今から教えるのは、Jターンって言って、車を素早く方向転換させる方法。 いわゆるスピン・ターンってやつ。

  文字通り、アルファベットのJのように車体を滑らせて、車をUターンさせるんだ。 慣れれば狭い2車線道路でも簡単にできるよ」


 座席背後から伸びてきた屋根が、2人の頭上を覆い、フロントガラスと接続されたことで、さっきまでオープンカーだったロードスターは、ハードトップと呼ばれる、一般的なスポーツカーと同じような見た目となった。

 碧は、これからの練習で、万が一事故を起こした時に備えて、このような形にしたのだ。

 さっそく澪の愛車のハンドルとサイドブレーキに、ゆっくりと手をかける。


 「まず、右手をハンドルの12時の位置に置いて、左手をサイドブレーキに。

  この時、速度は大体50キロ前後が理想よ。 遅すぎると成功しないし、逆に早すぎると、横転する危険があるから。

  そして、走りながらサイドブレーキを引っ張って、後輪をロックさせたら、ハンドルをわずかに右に回した後、一気に左方向へ、6時の位置まで回す。

  そうすると、タイヤが滑って車が回転するから、180度回転したところで、サイドブレーキを戻し、アクセルを踏み込む。

  急加速したい気持ちになるかもだけど、アクセルペダルは、めいっぱい踏み込んじゃダメ。 ゆっくりと発進する感覚で、アクセルを踏む。

  これで、Jターンは成功よ」

 「なるほど……」

 「まあ、言葉で聞いても、いまいちピンとは来ないでしょ?」


 澪は、頷いた。

 ここまで説明は聞いたが、正直、どういう感覚なのか、澪にはさっぱり。

 やはりドラテクは、実践あるのみ。

 碧は、困惑する澪を理解して微笑むと、実践することした。


 「じゃ、やってみるわね」

 「お願いします」

 

 碧はロードスターのギアを、パーキングからドライブへ入れると、ハンドルを12時の位置で持ちながら、アクセルをゆっくり踏み込んだ。

 エンジンを唸らせ速度があがり、目の前に三角コーンが迫る。

 時速は53キロ。 


 「ここで ――っ!」


 碧は素早く、サイドブレーキを引っ張り、ハンドルを素早く切ってスピンターン。

 車内に横殴りのGがかかり、タイヤが悲鳴を上げる。

 視界がぐるりと回ると、目の前にスタート地点停まる、碧のスタリオンとキャリアカーが見えた。

 そこからサイドブレーキ戻し、ゆっくりアクセルを踏み込んでいく。


 一瞬のことで、澪は呆気に取られていたが、当の本人は涼しい顔。


 「これを使えば、目の前の道をふさがれていたり、後ろを追いかける車と差をつける時なんかに、使える。

  私が運び屋を始めたころ、最初に覚えたテクニックさ」

 「へぇ~」

 「ま、とにかく、習うより慣れよ、だよ。 一旦やってみ?」


 そう言って、碧は車をスタート位置に戻すと、澪と入れ替わり、助手席へ。

 一方の澪は、運転席でハンドルを握るが、その腕には力がはいっている。

 自分の愛車で、こんなに緊張するのは初めてだろう。

 落ち着かせるために、大きく息を吐いた。


 「大丈夫だよ、澪。 失敗しても死ぬわけじゃない。

  逆に力みすぎる方が危ないからさ。

  先ずはゆっくり、カッコつけようとせずに」

 「銃と一緒ね……わかった」

 

 碧の優しい言葉で、澪の神経はいくらかほぐれたようだ。

 いつもの銃の練習、慣れたことをしているときの気持ちを思い出す。

 ハンドルにかかっていた、余計な力はほぐれ、澪は今度は小さく、ふうっと息を吐きだすと、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。


 だんだんと加速していくロードスター。

 三角コーンが迫り、時速は50キロ。

 

 「ここで……」


 サイドブレーキを引っ張り、ハンドルを逆向きに――


 「うわっ!」


 切りすぎた。

 ロードスターは、本来向く方法とは逆にスピンして停車。

 目の前に、三角コーンが鎮座していた。


 「やってもうた……」

 「大丈夫、切り替えて次いこ」


 ふうっと、事故を免れた安堵の息を吐きだすと、もう一度と、車を再び走らせてスタート地点へ。

 先ほどと同じく、50キロ前後のスピードでロードスターを走らせると、サイドブレーキを引いて、ハンドルを切った。

 今度は一瞬だけ逆向きに切ると、反対側へ一気に切り込んだ。

 ロードスターはタイヤをスキールさせて、転回したが、大きく回りすぎ、コースを逸脱。


 「あーもう、難しすぎっ!」

 「そんなことないよ。 むしろ、いい線いってるって。

  二回目でしっかり転回できるなんて、上出来も上出来」

 「ありがとう、碧」

 「さ、練習あるのみだよ。

  タイヤの挙動からして、あと30分ぐらいしたら、切り上げなきゃいけないけど、それまで、できるとこまでトライしよう!」

 「そうね…… 行くわ!」


 碧の明るい励ましは、澪のチャレンジ精神を突き動かすのに、強くいい方向へと働いた。

 その後も彼女は、何度も何度も、ハンドルを切り、サイドブレーキを引いて、Jターンを自分のモノにしようと、挑み続ける。

 失敗すると、周囲の状況や自分の手元を見て、うんうんと頷き、またスタート地点に戻るを繰り返す。

 真剣な眼差しに、無駄をそぎ落としていくハンドルとブレーキさばき。

 30分と経っていない時間で、1車線はまだ無理だろうが、大きな道路なら、確実にキメれると思うまでに、気づけば上達していた。

 徐々に車の挙動も安定し、しっかりと転回できるようになる澪を見て、碧は舌を巻いた。


 (驚いたな。 こんな短期間にJターンをおおかたマスターするなんて…… やっぱり、相棒にした私の眼に狂いは無かったってことね。

  そろそろ、マニュアル車やトラックの運転テクニックをあげていくことにも、チャレンジさせた方がいいかもしれないな。

  私も、澪に負けないよう、銃の腕前、ちゃんと練習しなきゃなぁ~)


 そんなことを思いながら、ロードスターがスタート地点に戻り、また三角コーンに向かって加速し始めた―― その時だ!


 「うっ!」


 突然澪が急ブレーキを踏み込み、車体と共に2人の身体も大きく前へのけぞった。

 サイドブレーキじゃない、足元のフットブレーキだ。

 ここにきて、彼女が初歩的なミスを犯すとは考えにくい。

 

 「どったの?」


 鈍く首をかしげる碧とは真逆に、眉をしかめ、周囲を見回した彼女。

 すると澪は、彼女も予想しなかった返事をしたのだ。


 「誰かが、こっちを見てた気がして」

 「サーキットの関係者じゃないの?」

 「いや。 そんなんじゃない。

  生ぬるい粘膜で包まれたような、全身を芋虫がのたうち回るような、不快でゲスな視線。

  殺し屋時代、ターゲットに何度も向けられた、そう…… あれは、獣の眼差しよ」

 「ええっ?」


 穏やかじゃない。

 2人は同時に車を降りると、辺りをきょろきょろと見渡した。

 広い駐車場に、雑木林。 宇治市内とサーキットを結ぶ山間道路に車の影はなく、誰かがいるとは思えない。


 それでも、澪のシリアスな表情は消えなかった。


 「誰もいないけど?」

 「ええ」

 「そんな変態がいるとして、もしかしたら、どこかから覗いてるのかもしれんな。

  ……あの雑木林、覗いてみるか?」


 澪は、相棒の提案に、少し含み笑いをすると、首を横に振るのだった。

 碧もそう、慣れない鍛錬で彼女が疲れたのかもとも、感じているのも事実。 


 「多分、私の思い違いよ。 慣れない運転し過ぎで、疲れたんだと思う」

 「そうね…… ロードスターのタイヤも、削れてきてる。 今日はこれくらいにしましょうか」


 目を閉じ、再び碧の顔を見た澪の表情からは、先ほどまでの苦しく深刻なものは消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ