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天使突抜ッ! ~可憐な運び屋の危険な日常~  作者: JUNA
mission3: トーテム・フェーズ ~荷物に隠れた秘密の暴露~
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1. 女子校生殺人事件

 アメリカの心理学者 ジョエル・ノリスは、凄惨な犯罪史に刻まれた過去のシリアルキラーを分析し、その犯行過程における心理状態を7つのフェーズに分け、その中でも、殺人の後に起こる第六のフェーズを「トーテム」と名付けた。

 被害者が絶命したことによって急落する、快楽や絶頂の余韻を再度味わうため、持ち物や人体の一部などを“記念品”として持ち帰り、眺め愛撫する行為を指すという。


 このフェーズを証明するように、古今東西、この「トーテム」を行ったシリアルキラーは、枚挙にいとまがない――


 幼少期から、ハイヒールに異常な性的執着を持っていたジェリー・ブルードスは、被害者の左足を切断し持ち去り、 「ミルウォーキーの食人鬼」と呼ばれたジェフェリー・ダーマーは、手にかけた男性の身体の一部や頭蓋骨を、犯行現場となった自宅アパートに保存していた。


 日本でも映画「愛のコリーダ」の題材となった女性殺人犯 阿部定は、殺害した情夫の局部を切断。 同時期に愛知で発生した首なし娘事件の犯人 増淵倉吉も、殺害した少女から目玉をくりぬき、お守りに入れて持ち歩いていたという。


 もしトーテム・フェーズが、人類すべてが持ち合わせる、ある種の動物本能的な収集行為であるのならば、21世紀の世界でも、彼らのような異常収集癖を持ち合わせた殺人鬼が現れても不思議ではないのである――。


 ■


 PM10:23

 京都府向日(むこう)


 等間隔で並ぶ大型ライトスタンド。

 無数の線路と、仕事を終え引き揚げてきた特急電車が、照らされている。

 が、その奥では赤色灯がきらめき、なにか事件が起きたことを知らしめていた。


 JRの大きな車両基地近くにある廃倉庫。

 パトカーが集まり、規制線の外から近所の住人が遠巻きで見守る中、その現場に入ってきたシルバーの覆面パトカー。

 スズキ キザシから降りてきたのは、ダンディな顔立ちでお馴染みの、京都府警の鷹村警部。

 

 「ご苦労様です」

 「仏さんは、まだ中か」

 「はい」


 向日町署の刑事の案内で、ブルーシートで閉ざされた倉庫の入り口をくぐると、今まさに、鑑識調査の真っ最中。

 フラッシュの焚かれるカメラの先で横たわっていたのは、セーラー服をまとった女の子。

 ジュニアアイドルの撮影会でないことは、言うまでもない。

 その胸にはナイフが一本突き立てられ、ズタズタに切り裂かれた真っ白な制服を、血で赤く染めながら絶命していた。

 両手を後ろ手に縛られ、口をダクトテープで塞がれた上に、見開いた眼には大粒の涙が流れた痕。

 もはや処刑だ。

 

 「ひどいな……」


 百戦錬磨の鷹村でさえ、自然と言葉がこぼれる。

 いったいどれだけの恐怖を味わったのか、想像すらしたくない。

 他の捜査官も彼と同様、眉をしかめながら、現場検証を黙々と進めていた。


 「身元は分かったのか?」


 その質問に答えたのは、部下の倉門刑事。

 機動捜査隊から初動捜査内容を引き継ぎ、向日町署と共に捜査を行っていた。

 いままでに判明していることを、鷹村に説明する。


 「傍に投げ捨てられていたカバンの中に、学生証がありました。

  九条学院2年生の成瀬(なるせ) レムさん。

  死因は心臓を刃物で刺されたことによる失血死で、鑑識の話によると、顎の硬直や暗赤色(あんせきしょく)の死斑がみられることなどから、殺害されて1~2時間程度と思われるとのことです。

  詳しい死亡推定時刻は、検死解剖しないことには分からない、と。

  カバンの中に、財布もスマホもあり、現金が抜かれたような痕跡もありませんでした」

 「物取りじゃねぇってことか……第一発見者は?」

 「この近くで、町工場を経営している男性です。

  見ての通り、現場の倉庫は空き家で、たまに家電やらが不法投棄されていたそうなんです。

  男性は週二回、倉庫を見回っていて、この日も倉庫を覗いたところ、女生徒の遺体を見つけたとのことです。

  現在、宮田と神島、それに向日町署の捜査員が、付近の聞き込みと、防犯カメラ映像の確認を行っています」


 よく見ると、倉庫の奥の方に、古い薄型テレビや電子レンジが、乱雑に捨てられている。

 なるほど、不法投棄されたという訳か。


 「前回の見回りは、いつだ?」

 「一昨日です。 その時には死体も、家電も無かったとのことです」

 「犯人は、見回りのことを知ってて、この場所を選んだのかな?」

 「そこまでは……ただ、この辺は小さな町工場が点在していますし、すぐそばをJRが走っています。

  人通りも、さほどありませんから、女生徒が悲鳴や助けを求める声を出していても、聞こえなかった可能性はありますね」


 その時、鷹村は積まれた家電の手前、アルファベットのプレートでマーキングされた柱が気になった。

  

 「あれは?」


 血とは別に、遺体から1メートルほど離れた鉄柱の足元。

 コンクリートに液体の染み出したシミがひとつと、ロープの束があった。

 更に、遺体の方へ向けて、小さい血痕も点々と。


 「どうやら、あそこが殺害現状のようなんです。

  被害者の下腹部から靴にかけて、液体がかかり、濡れた痕跡があります。

  おそらく、あの鉄柱に縛り付けられており、被害者はそこでいたぶられ殺害された後、犯人によって縄を解かれて、この場所まで運ばれたようですね。

  第一発見者によると、見つけた時には、既に遺体が横たえられていたそうなので」


 殺された女子校生の傍にしゃがむと、ほのかにアンモニア臭がたちこめる。

 その液体がなんなのか、説明する必要もなかろう。

 すくなくとも、そいつをすき好んで、ましてや思春期の多感な少女が、憚ることなくぶちまけるものでは、到底ないもの。


 「死の恐怖から漏らした、ということか……だが、なんでわざわざ被害者を動かしたんだ?

  そんなことしているうちに、誰かに気づかれるだろう」


 先ほども言った通り、この廃倉庫には定期的に見回りが来る。

 犯人の心理としては、すぐにでも現場を立ち去りたいところだろう。

 遺体をわざと横たえさせた、しかも被害者は少女とも呼ぶべき、若い女性。 鷹村に胸糞悪い想像が浮かぶ。


 「性的暴行の痕跡は?」

 「全くありません。 生前も死後も、彼女が辱められた痕跡は一切ないんです」

 「じゃあ、なんで?」


 すると、倉門は遺体をチラリと横目で見てから、小声で鷹村にこう言った。


 「ないんですよ……遺体に()()が」

 

 その一言で、全てを察し、驚きに目を見開いた。

 頭の片隅では、もしやと思っていたが、まさか――。


 「まさか、この子は……」

 「はい。 大阪で起きている連続殺人事件。 例の殺人鬼に襲われたものと思われます。

  アレが奪われていることは、マスコミに伏せている、いわゆる“秘密の暴露”です。

  模倣犯という可能性は絶対にありえません」


 鷹村は、あの事件か、と下唇を噛みしめながらつぶやく。

 大阪で立て続けに若い女性が殺された事件。 既に3人が犠牲となり、メディアを騒ぎ始めていた。


 「これで4人目。 大阪府外となると初めてのケースか」

 「無差別となれば、京都だけでなく、関西中がパニックになります。

  いまのところ、被害者の共通点は若い女性と言うことぐらいしか、分かっていないようですからね。

  それに、ここは世界有数の巨大観光都市……」

 「外国人に犠牲者が出れば、国際問題にもなりかねない、か」


 そう言って、鷹村は立ち上がり倉門の方を向いた。


 「この件は、我々京都府警広域犯罪特捜課が受け持つ。

  倉田。 至急、大阪府警に連絡し、一連の事件の担当捜査官とコンタクトを取れ。

  私は記者クラブとの報道協定を結ぶよう、本部長に掛け合う。

  京都府警、いや、日本警察の威信にかけて、この変態を捕まえるぞ」

 「分かりました」


 向日町で起きた女子校生殺害事件は、さっそく11時からのニュースで、速報として全国に報道され、翌朝のワイドは、この話題がトップニュースとなった。

 無論、“秘密の暴露”となる情報は隠されたままに――。

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