28, 最後の抵抗とナゾ
ギリギリだったが、カーチェイスはここで終了。
碧と澪は、マセラティから降りて、アンダーテイカーにゆっくりと近づく。
大破したフロントグリルは折れ曲がり、憎悪にたけり狂った野獣の牙にも見えた。
白煙が充満し、車内が見えない状況も、そんな想像を掻き立てる一因であったことは違いない。
お互いに目配せしながら、ゆっくり、忍び足で車内の様子をうかがう。
「……死んでるのか?」
恐る恐る碧が運転席のドアを開けた――刹那!
「!?」
真っ白な煙の中から、目を吊り上げたカオルが唸り声と共に飛び出してきたのだ。
不意の出来事に驚いてしまった碧は、逃げる隙も無く、そのままカオルに掴みかかられ、倒れてしまう。
「うう……っ!」
「しねええええええ!」
馬乗りになったカオルは、女性とは思えない程強い握力で首を絞めてくる。
もがこうとも、体は石のように不動だ。
両腕を離そうと、華奢な手でつかんでいるが、これも剥がれない。
その表情は顔の筋肉の限界を使うがごとく、文字通りを凌駕した憎悪である。
古今東西の能面をさがしても、こんな顔は見つからないだろう。
「碧っ!」
澪はすかさず、グロックを取り出し、カオルに照準を定める。
しかし、碧の反撃は意外と早かった。
彼女は歯を食いしばりながら首筋を張り、段々と気道を確保していたのだ。
それと同時に、自分を落ち着かせながら、ゆっくりと両膝を立てていた。
実のところ、馬乗りという体勢は、非常にバランスが悪い。
「は……な……せぇっ!!」
碧は、カオルが自分に気を取られているところを見計らい、手首をつかんでいた両手を脇にもっていくと、一気に体を横に倒した!
一発で、体勢が逆転。
両手が首から離れた一瞬のスキをついて、碧は体を回転させてカオルから離れ、せき込みながらも立ち上がった。
あとの仕上げは、澪のグロック。
「動かないでっ!」
立ち上がろうとしたカオルを、銃口を突きつけて制圧した。
「大丈夫?」
「ああ、なんとか……ったく、こんな経験初めてだわさ」
「よく言うわよ。 17歳から運び屋やってるくせに」
「残念、14歳から」
「どっちにしても、修羅場いっぱいくぐり抜けてきてるでしょうが!」
「経験豊か、って言ってほしいねぇ~」
大きく深呼吸をした碧は、そのままカオルの腕をつかんで強引に立ち上がらせた。
「さてと、よくも私らの車を傷物にしてくれたねぇ。
このお礼は、しっかりとしないとな」
すると、カオルはヒステリックに吐き捨てた。
「こんな車、さっさとスクラップになればいいんだっ!」
「は?」
「お礼だと? 冗談抜かせ!
いったい、親父の遺体に何しやがったんだ!
なんで助手席に乗っかってきてるんだよぉ!」
碧と澪は、お互いに顔を見合わせた。
あの時見た顔は、国光平九郎に間違いなかったのか?
疑心と混乱で、頭がいっぱいだった碧と澪に、カオルの一言が追い打ちをかけた。
「それに、あの女だ!
いったい誰なんだよ! あの女子校生はぁ!?」
いったい、なにを言ってるんだ?
ここまでくれば、カオルは精神的におかしくなってしまったと思わざるを得ない。
女子校生なんて、乗せた覚えは無いからだ。
トンネルからパトカーが現れても、カオルの狂騒は止まることはなかった。




