27, 深淵より覗く者、終焉。
「おいおい、まさかと思うけど……」
「冗談じゃないわよ! 私はずっとタイヤを狙ってたのよ?
荷室にタマ撃ち込むわけないじゃないっ!」
怒る澪の様子からして、本当なのだろう。
第一、彼女の言う通り、棺桶を傷つけかねない車体への銃撃を、あれだけの高等テクで人を撃ち殺せる澪がするはずがないのだ。
「じゃあ、なんで……」
「ちゃんと閉まってなかった――」
のではないか? と、碧に言おうとしたが、その線はすぐに消える。
「――んだったら、もうとっくの昔に開いてるわよね」
「なんでもいいけど、早く車止めないと。
ドリフじゃねえんだ。 滑り落ちたらシャレになんねーぞっ!」
いつの間にか、碧は蛇行をやめて、アンダーテイカーの後ろにぴったりと貼り付いていた。
カオルもまた、2人が抵抗することを諦めたとでも思い、車をまっすぐに走らせる。
そう、何にも状況は変わらないまま、車は遂に舞鶴を目と鼻の先に捉えてしまったのだ。
どうすれば、この霊柩車は止まるのか。
緩やかなカーブを抜けると、2台の前にトンネルが現れた。
ここを抜ければ、すぐ目の前が舞鶴西インターだ。
非常にまずい。
ここまでか……。
「!?」
お互い、自分の眼が信じられなかった。
開かれた観音扉の中から、人間の顔が突然に現れたのだ。
カオル以外に誰か乗っていたのか?
いや、そんなはずはないし、運転台と荷室の間に入り口なんて全然ない。
正気のない真っ白い顔を覗かせると、ぎろりと周囲を見回し、やがてマセラティに乗る2人の顔をじいっと見つめる。
右目下には、小さなほくろ。
鳥肌が全身を駆け巡り、比喩なしに心臓が止まりかけた。
こちらを向いている顔の主を、2人は知っていたからだ。
国光平九郎。
棺桶の中にいる、もとい、ずうっと前に死んだはずの人間なのだから。
車はトンネルへ。 唐突な明暗に目が一瞬くらむ。
ナトリウム灯がきらめくオレンジ色の空間に入ると、再び碧たちは驚愕するしかなかった。
さっきまで開いていたはずの荷室の扉が閉じ、何事もなかったかのよう。
見間違い?
ところが直後から、アンダーテイカーの動きがおかしくなった。
左右に車体を揺らし、何度もトンネルの側壁に車体をこすりつけ始めたのだ。
気を失ったとか、そういう不安定な動きではない。
明らかに、車を故意にぶつけている!?
しかし、この期は逃せない!
アクセルを踏み込み、隙間からアンダーテイカーを追い抜いた次の瞬間!
ドーン!
エンジンから爆発音が響き、立ち上る真っ白な煙が、車全体を包み込み始めた。
「エンジンブロー!?」
「まさか……!?」
ラグジュアリーカー用エンジンだ。 そう簡単に壊れる代物じゃないはず。
ルームミラー越しに信じられない2人をよそに、アンダーテイカーは徐々に減速しながら、トンネルを抜けた。
マセラティはその先、緩やかな下り坂のカーブで車体を横滑りさせながら停車。
相手を待ち受ける。
空気の抜ける音と共に、ボロボロになった霊柩車が、ようやく沈黙。
目的地のインターまで残り500メートルという位置であった。




