26, 舞鶴若狭自動車道最終決戦 ~Dispatcher~
「どうして、私の車が……っ!?」
無論、乗っているのは碧と澪。
1車線道路を強引に突き進み、なんとカオルのすぐそばまで辿りついていたのである。
天使の羽をもいだ者は、二度と地上に降りれない。
その言葉の意味を、ようやく理解したカオルだったが、後の祭りだ。
「あおるんじゃ……なかった……っ!」
声を詰まらせて狼狽するカオル。
2人はプロの運び屋。
初めて乗る高級外車を、簡単に乗り回すなんて造作もない。
大慌てでアンダーテイカーに飛び乗ると、アクセルべた踏みで、その場を逃げ去る。
許さない。
碧の運転するマセラティも、事故車両を避けながら本線に合流。
ようやくスピードを出せる道だ。 一気に獲物を捕らえにかかる!
アンダーテイカーに積まれたエンジンは、センチュリー用V12。
しかし、こいつを生かせるのは、ドライバーのテク次第。
スピードは出るが、改造された車体に、挙動が安定しない。
ブレーキとアクセル、クラッチをせわしなく、そして条件反射的ガチャガチャと動かしまくっていた。
一方のマセラティは、スポーツ走行モードで出発したことが功を奏した。
35ミリの空気抵抗を抑えた車高に、L型4気筒エンジンが味方し、みるみる時速は120キロを超えていく。
両手でハンドルを握る碧の姿は、正に狩人。
逃げる隙など、どこにもないのだ。
たちまちアンダーテイカーに追いつき、左車線で隣に並んだマセラティ。
運転席の窓を開けて、碧が叫んだ!
「逃げても無駄だ! 車を止めろぉっ!」
そのお返しは――
「うわっ!」
カオルがハンドルを切り、アンダーテイカーをぶつけてきたのだ。
ロールスロイスの長いボディに体当たりされれば、たまったもんじゃない。
二度、三度と繰り返し。
車内に伝わる衝撃に、悲鳴を上げ、ハンドルを持っていかれそうになるが、減速しながら何とか持ち直した。
自ずとマセラティは、アンダーテイカーの背後を追いかける形となる。
それをいいことに、更にカオルは、最悪な行動に出た。
前に現れた、白い国産のミニバン。
アンダーテイカーのアクセルをめいっぱい踏むと、そのまま追突!
おカマを掘られたミニバンは制御を失い、そのままガードレールに激突し、マセラティの目の前に横たわった。
「!!」
間一髪、ハンドルを切って避けれたが、マセラティが健在であることを、サイドミラー越しに見ると、再び前を走る車の後部に、アクセル全開で突っ込んだ。
90度転回して止まるも、碧はすぐさまハンドルを切って避けた。
その後も、前を走る車に体当たりを続け、ロールスロイスの車体が傷だらけになっていく。
フェンダーも壊れ、ヘッドライトも全壊。
ロールスロイスの象徴、スピリット・オブ・エクスタシーも俯くように、体全体を傾けていた。
事故らせて止めようという魂胆だろうが、事故車両が増えていくだけ。
マセラティは、素早く巻き込まれた車を交わしてく。
「あのオバサン……まかりなりにも、ロールスロイスよ。 その車!
碧、これはもう、覚悟決めた方がいいかもよ?」
これ以上の暴走は、なんとしても食い止めたいところ。
無関係な車が巻き添えを食らう以上に、御遺体が傷ついている危険だってあるのだから。
「澪、タイヤ狙え!」
「オッケー!」
碧が叫ぶより早く、体が動いていた。
すかさず澪は取り出したグロックのセーフティーを解除すると、シートベルトを外し窓を開け、迫りくる強風に抗いながら上体を外へと乗り出し、片手で銃を構える。
乾いた音と打ち込まれる銃弾。
しかし、碧の期待とは裏腹に、テールライトを打ち砕き、バンパーを傷つけただけ。
「ちゃんと狙ってよっ!」
「狙ってるわよ!」
「さっきのアクロバティックさは、どこへ行ったんだ!?」
「簡単に言うけど、タイヤ撃つって難しいんだからねっ!」
至極当然。
碧も、考えを巡らせる。
「だったら澪、このまま一気にアンダーテイカーを追い抜く。
車をスピンターンさせるから、その瞬間、フロントガラスにありったけ撃ち込んでくれ。
視界を奪えば、どう転んでも、あの女は自滅する」
「分かった!」
澪は車の中へと戻り、車を加速させるための準備にかかる。
アンダーテイカーは中央線を跨ぐように走っている。
どちらから車体が振れた瞬間に、アクセルを思いっきり踏み込み、前に出るつもりだ。
だがカオルも、銃を構える澪の姿に気づいていたのか、アンダーテイカーを右へ左へと蛇行させ始める。
「にゃろぉっ!」
こうなれば、出たとこ勝負!
マセラティも、相手と反対側へ蛇行。
隙があれば突っ込むと言わんばかりに、ハンドルを切りまくる。
体が大きく振られ、シートベルトをしていない澪は、左手でドア上部の手すりを握りしめて、左右横からくる重力に従うことを抗い続けていた。
運転する碧もまた、体をクイクイっと車とシンクロさせて揺らしながら、歯を食いしばっていた。
気が付けば、頭上の標識には 「舞鶴西」 の文字。
猶予は残り少ない。
「どうにかして、前に出ないと」
どうしようもなくなり、焦りからハンドルに汗がにじみ出て滑り始めた時だった。
「えっ!?」
左右に尻を振り続けるアンダーテイカー。
そう、荷室の観音扉の扉が、何の前触れもなく唐突に開いたのだ!




