24, 追撃
「澪っ!」
投げ捨てられたキーを拾い上げ、碧は相棒の名を叫ぶ。
銃声を聞きつけて、やじ馬が近寄っているだけでなく、パトカーのサイレンも迫っていた。
女の子の介抱を長尾に任せ、澪も碧と共に一般駐車場へと走る!
神田たちの情報によれば、カオルが乗ってきた車はSUVタイプの、赤いマセラティ。
そう、どこにでも転がっているわけではない、高級車だ。
あった!
大きなフロントグリルの、マセラティ レヴァンテ。
堂々と、道の駅の目の前に止めている。
スマートキーを向ければ、ハザードが光り、ビンゴ!
2人とも車に乗り込み、シートベルトを装着する。
ダッシュボードのアナログ時計は、1時を指していた。
もう、これ以上時間を無駄にはできない。
エンジンを始動させたが、まだ準備は終わっていない。
この車には、エアサスペンションを調節できる機能がある。
シフトレバー周り、ハザードランプのすぐ下に、調整レバーが備えられているのだ。
碧は迷うことなく、このレバーに指をかけると、車高を一番下まで下げて、スポーツ走行モードに転換。
あとは、発信するだけだ!
「行くよ、澪っ!」
「オッケー!」
シフトレバーをドライブに。
マセラティが動き出した!
車の間を縫い、最短距離で駐車場を横切ると、そのまま本線に合流。
アクセルを踏み込み、アンダーテイカーを追いかけ始めた!
その一方、澪はルームミラーから、サービスエリアに入るパトカーを見つけて声をかけた。
「紙一重だったわね」
しかし、碧は安心するには早すぎると、彼女に念を押した。
「息を抜くには、まだ早いよ。
アンダーテイカーが、どこを走っているのか見当もつかないし、さっきのテロでローカル局の取材ヘリが飛んできているはずだ。
カーチェイスを上空から見られたら、ひとたまりもない!」
それらしいヘリコプターも、青空の中で旋回を続けていた。
この状況では、下手な動きはできない。
「そうだけど、碧……この道って――」
それにもうひとつ、2人には懸念材料があった。
この京都縦貫道は、園部インターから北側の路線は、片側一車線道路になるのだ。
つまりは、容易な追い抜きができないことを意味する。
出発時間のブランクは、甘めに見積もっても約5分。
その差を、どうやって埋めつつ、霊柩車を奪還するのか。
現に、時速100キロで走って約1分。 眼前には中型トラックが。
パネルに貼られた 「安全運転を心掛けています」 のステッカーに耳が痛い。
(どうする……このままじゃあ、カオルが遺族のバスと合流してしまうっ!)
碧は、ひとつの大博打に出てみることにした。
「アンダーテイカーを、綾部ジャンクションより向こう側で止める!」
「正気なの!?
向こう側って、そこにあるのは舞鶴! ゴールなのよ!?」
耳を疑った。
「舞鶴若狭自動車道は二車線道路だ。
スピードを出せて、他の車を巻き添えにすることなく止められるのは、ここしかない!」
「碧……分かったわ!」
「そのために、下準備をしたいんだ!
神田さんに、電話をかけてくれ!」
澪は言われた通り、スマホを取り出し、神田に電話をかける。
一方の碧は、全神経を集中し、前を走る車を追い抜けるポイントを必死で探す。
あった―― 緊急車用の路側帯が、少し広く設けられている区間。
迷っている暇はない。
アクセルを踏み込み、トラックを左側から追い抜いていく。
クラクションを鳴らされてもお構いなしだ。
その先を走る軽自動車を1台、2台と追い抜き、再び本線に。
前を走る車の姿は、再び無くなった。
「繋がったわよ!」
スピーカーモードにしたスマートフォンを差し出され、碧は神田に聞いた。
「国光家とは、連絡を取りましたか?」
『今、綾部ジャンクションを抜けたところだそうです。
事件については伝えていませんが、彼女がどう出るか―― 今、片平の携帯に彰さんから電話が来て、綾部パーキングエリアで待機する方がいいか、聞いてきていますが、どうしましょう?』
「舞鶴市内の葬儀場に向かわせてください!
そのバスが走っている高速道路で、奪われた霊柩車を停止させます。
一刻も早く、ご遺族を綾部から遠ざけてください!」
『分かりました!
こちらも、警察の取り調べに関わることになりそうなので、以降の対応を舞鶴支社に引き継ぎます。
もちろん、お二人の事も、依頼の事も話しません。
私たちはここまでです。 ご武運を』
「ありがとうございます」
通話を終えると、ハンドルを握る手に一層力が入る。
絶対に失敗させない。
あの女の思い通りにはさせない!
真っ赤なマセラティは、その体をねじ込ませ、緊急路側帯を全力で疾走していく。
綾部JCTまでの距離表示に目を向けながら。
 




