23, 澪の経歴
V型12気筒のおしとやかな唸り声が、今は悪魔の嘲笑に聞こえる。
ハンドルを握ったカオルは、開けっ放しのドアから、佐野に大声で指示した。
「私は先に行くから、アンタはコイツら始末してから追いかけな!」
「おう! しっかり金づる、おさえろよ」
「当然でしょ」
格式なんて知らないと言わんばかりに、乱暴にドアを閉じると、アクセルを思いっきりふかして急発進。
トラックの間をかすめて、本線合流レーンへと消えていった。
真っ赤な霊柩車は、すぐに見えなくなり、後にはヤクザの男と、人質の女の子が残された。
碧と澪、そして、葬儀社の神田と片平は何もできない。
それどころか、アンダーテイカーが先行する国光家のバスに追いつけば、依頼失敗どころの騒ぎではなくなる。
2人とも、流石に焦りの色を見せる。
脂汗がにじみ出て、口が一気に乾く。
「おい、そこの女! 拳銃を出せ」
佐野が唐突に叫んだ。
ぎらついた目線は、澪を捉える。
懐に拳銃を隠していることは、既にバレていた。
今さら抵抗しても無駄だ。
澪は佐野を睨みながら、ゆっくりと右手をスーツの中に伸ばして、ホルスターからグロックを取り出した。
今度は気づかれないよう、安全装置を外しながら。
「そのまま、両手を上にあげろ!」
言われた通り、拳銃を持ったまま、手を上に。
だが、彼女にとってこれは、ピンチではなかった。
「銃を放り投げろ」
その言葉を聞いた途端、澪はしめた、と思ったはずだ!
「ねえ、碧」
「ん?」
隣で動くこともできないパートナーに、声をかけた。
犯人を刺激することを承知で、相棒に話しかける澪。
気づかないはずがない。
落ち着いたトーンに、碧は彼女が何かを考えていることを見抜く。
「この場合、死人が出ても、問題ないよね?」
物騒な物言いだ。 でも、碧には分かっていた。
なにを企んでいるのか。
「ああ。 奴は単なる爆破犯だ。 依頼とは全く関係ない。
私たちが心配すべきは、荷物の奪還だ」
「了解」
「期待してるよ、“ハウレス”」
ハウレス。
そのワードを聞くと、澪はたちまち悪い顔に。
無邪気ないたずらっ子のように、歯をぎらつかせ、ゆっくり笑ってみせる。
「久しぶりに呼ばれたわね。 その名前で……ええ、そうとも、そうこなくっちゃ!」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、大声で佐野に確認をさせた。
「投げればいいのね?」
「お前、日本語分かんねーのか? 黙って、その銃を、放り投げろ」
「分かったわよ」
睨みあい。
その眼差しに含まれる毒性は、確実に同類、いや、素人と蔵人の差があるもの。
遠くから眺めては分からないだろう。
碧は、2人を見比べ、ピリピリとした空気を嗅ぎ取っていた。
澪が言われた通り、銃を空に向けて勢いよく放り投げようとした――刹那!
「長尾さん!?」
佐野の背後に、シルバーのスカージアが現れたのだ。
刑事ドラマばりのスピンターン。
スキール音が響き渡り、車体が大きく沈む。
何事か、と振り返り驚く、人間の僅かなタイムラグ。
運が味方した!
澪はグロックをご所望通り、勢いつけて投げた途端、間髪入れず、手を後ろに回す!
その間に銃は弧を描きながらまっすぐ、肩の上まで飛んでくると、そのまま背後に落ちていく。
この時を待っていた!
「くっ!」
佐野が再び前を向き、気づいたときには、何もかもが遅かった!
コンマ数秒、それがプロを相手にする時、大きな差となり命を奪う!
女の子を突き飛ばし、両手で構えながら、鬼の形相でスチェッキンの銃口を2人に向けた時だ!
ダーン!
放り投げられたグロックを後ろ手にキャッチした澪は、そのまま腕を伸ばし、腰下で引き金に指をかけた。
響く銃声。
狙いを定める時間だって、無いはずだ。
が―― 澪はやってのけた。
放たれた銃弾は正確無比に、佐野の眉間を撃ち抜いていた。
なにが起こったか分からず、死んだに違いない。
目を見開いたまま、後ろへと倒れ動かなくなった。
グロックを構えたまま、こちらも肩で息をして沈黙していた澪も、佐野が死んだことを確認すると、大きく息を吐いて、銃をホルスターに仕舞うのだった。
「今度から銃を持った相手には、投げろ、じゃなくて、捨てろ、って言いなさい。
まっ、その様子じゃあ、転生しない限り次はないと思うけどねっ」
華麗な技を見ていた碧も、自然と拍手を送る。
「流石~」
「練習すれば、これくらい朝飯前よ。 やってみる?」
「私に“ヤングガン”は似合わないさ。 ビリー役は、君に譲るよ」
そんな軽快な会話を交わしながら、2人は死んだ佐野と、人質の女の子のもとへ。
泣きじゃくる少女を、怖かったね、と言いながらなだめる澪。
碧は、後頭部から血を流し、大の字で絶命する男を見下ろしていた。
「脅す相手が悪かったねぇ。
私の相棒は、その筋じゃあ有名な“元” 殺し屋。
名前も顔も変えてるから、気づかないのも当然だろうけど……」
そんな捨て台詞を吐くと、死体の眼を閉じることもせず、駆け寄ってきた長尾と友宏に、現場を託す。
2人とも、なにがあったのかと、目を丸くして近づいてきた。
「後、お願いします!」
「これは、いったい ――」
「今さっき起きた、列車爆破テロの犯人ですよ。
乗客の女の子を誘拐して、ここまで逃げてきたんです。
共犯の女は、今さっき舞鶴方向に逃走しました」
状況がのみこめなかった長尾だが、碧の説明と、アンダーテイカーがいないことに全てを察した。
「分かった。 警察には、そう伝えておくよ。
廃車コースになるかもしれんが、仕方ない。
他人の手に渡るくらいなら、ひと思いに殺せ。 最後まで君たちを信じる!」
彼女もまた頷き、踵を返して、神田と片平のもとへ。
2人もまた、電話で本社に連絡しているようだ。
「大丈夫ですか?」
「おかげさまで。
ですが、平九郎氏の御遺体が――」
「必ず奪い返します! 彼女がバスに追いつく前に!」
「頼みますよ……絶対!」
「当たり前ですよ。 それが、天使運輸ですからっ!」




