20, カオルの脅迫計画
声のする方に、碧たちはいっせいに顔を向けた。
大型トラックの影から、カオルが姿を現す。
厚化粧の顔に、人を見下すような笑みを浮かべて。
「やっぱり、ここだったんだぁ。
遺体を入れ替えるなら、ここしかないからなぁ~。
え? そうだろう? 山村葬祭さんよぉ~」
チンピラの口調でことを進める、初老の女性。
痛いったらありゃしない。
「佐野はどうした?」
碧の呼びかけに、一瞬驚くと、すぐに鼻で笑い、彼女を睨みつけた。
「そこまで知ってるのかい。 ハイエナみたいな女だね」
「ハイエナだからこそ、こういう商売してるのさ。
もっと言えば、何故あなたが、密葬された御遺体が父親じゃないと分かったのか、その理由も知ってる」
カオルはまた、鼻で笑う。
「ハッタリはやめなよ。 見苦しいから」
否、碧は確信していたのだ。
京都を離れる前からずっと。
2人の遺体の決定的な違い、その証拠は――
「ほくろ、でしょ?」
「どうしてそれを!?」
やはり、としたり顔。
カオルの狼狽をよそに、澪は首を傾げた。
「どういうこと?」
碧は言う。
「国光会長の右目下に、ほくろがあったのを覚えているかい?」
「ええ。 確か、もう一人の影村さんも、同じところにほくろがあったはず」
そう。 山村葬祭の資料の写真にも、2人の顔写真があった。
ほくろの位置も、全く同じ――と見えたが、碧はそこに、突破口とも、懸念材料とも呼べる、決定的な違いを見出していたのだ。
「2人の顔を注意深く見ないと分からないんだけど、国光会長のほくろの位置は、久根さんのそれと比べて、若干右側にずれてるんだよ。
私も2人の資料を、何気なしに見ていて気が付いたんだ」
そう言われて澪は、アンダーテイカーに入れっぱなしにしていた、2人の資料を引っ張り出した。
顔写真を重ね、青空にかざす。
神田と片平も、後ろからその様子をのぞき込む。
言わずもがな、顔から目、口、鼻、ほぼ全てのパーツが一致した。
ただひとつ、右目下のほくろだけを除いて。
僅か2センチ程度。 澪は感嘆の声をあげる。
「本当だ」
狼狽の表情を見せるカオルに、碧は背広のポケットに両手を突っ込みながら、ゆっくりと歩みを向けた。
2人の距離が、じりじりと狭まる。
「カオルさん。 あなたはお別れの儀が執り行われた際、御遺体の顔を見て、ほくろの位置が違うことに気が付いた。
つまりそれは、目の前にある御遺体が、瓜二つの別人だということに他ならない。
そして、弟の彰さんを含め、誰もそのことに気づいていないことにも。
そこであなたは考えた。
別人の御遺体で密葬を執り行った事実を利用して、彰さんを脅し、クニミツ食品の社長の椅子を奪おうと!
父親の顔すら、ろくに分からない人間より、自分の方が社長として、相応しい人間だとでも言ってね!」
「……っ!」
歯を食いしばり、拳を握るカオルにお構いなく、碧は推理をつづけた。
「特にあなたは、過去の事件で親族から三行半を突きつけられた以上に、困った事態に直面していたはずです」
「な、何の話だか」
はぐらかしても、何もかもお見通し。
碧は眉をピクリと動かし、口元を緩めた。
「カネですよ。 あなたはロンドンに移住後、毎月父親の平九郎氏から、数百万単位の援助を受けていた。
これは親として子を憂う気持ち以上に、あなたが日本に舞い戻り、彰さんや他の親族、そしてクニミツ食品の従業員にちょっかいをかけないようにする、いわば安全パイのような役割があった。
多少なりとも暴力団と繋がり、ヤクザを使役した間柄。 父親とて恐れるのは当然でしょう。
そのおかげであなたは、異国の地でも何不自由なく暮らすことができた。
でも、そんな平九郎氏が亡くなったことで、毎月振り込まれていたお金がストップし、貯蓄も底をついた」
「そこまで知ってるの……っ!?」
カオルは狼狽し、悔しがることしかできない。
「父親の葬儀のために帰国したあなたは、恐らく、彰さんを脅し、援助を再開させることが本来の目的だったんでしょう。
要求をのまないと、今度は会社の女子社員を、恋人と同じ目に合わせるとでも言って。
そんなことを考えている最中に、御遺体の取り違えというイレギュラーが起きた。
これは渡りに船。 大金どころか、父親が築き上げた大企業が自分のモノになる、と。
そして即席の脅迫計画を立ち上げた」
反論しないところを見ると、図星なのだろう。
澪たちも聞き入っていた。
それを後ろに、お構いなしと続ける。
「しかしここで、ひとつの懸念が生まれる。
御遺体が国光平九郎と別人というのは、あくまで推測でしかない。
客観的な証拠もないし、山村葬祭がしらを切りとおせばそれまで。
そこで協力者として18年前、結託して彰さんの恋人を暴行し、死に追いやった暴力団員の佐野に連絡を入れた。
絶縁され、ロンドンに行った後も、蜜月の関係だったんでしょう。
自分が社長になった暁には、会社のカネを、関西銀龍会に横流しして出世させてあげるとでも言ってそそのかし、今回の計画に利用した。
佐野が目の前に現れれば、彰さんのトラウマが蘇り、恐怖からおのずと要求を全てのむと目論んでね」
だが、佐野を呼んだ目的は、それだけでは無かった。
その事も、碧は見抜いていた!




