19, 京丹波パーキングエリア
PM12:49
京都縦貫道 京丹波PA
アンダーテイカーがようやく、百キロ以下にまで速度を落とした。
国光家の霊柩車との合流地点に、ようやくたどり着いたからだ。
京丹波PAは、集約型― 上下線の利用客が同じ施設を使用できるよう設計されたパーキングエリアであり、2つの駐車場を挟むように道の駅やドッグランが併設されている。
そこそこ大きなPAの上、一般道からもアクセスできるということもあり、多くの車が停車し、利用客で道の駅はにぎわっていた。
「どこだ……霊柩車は……」
長いレーンを抜けた先、首を伸ばし、辺りに目を凝らしながら碧と澪は、霊柩車の姿を探す。
軽自動車、ワンボックス、活魚トラック……いるはずだ。 目立つ車が絶対。
「いた!」
澪が声を上げる。
大型車スペースの端っこに、漆黒の霊柩車は止まっていた。
光岡自動車特有の、欧州ビンテージカー風のフロントもあって、まず間違いない。
そこは、本線合流レーン近くの大型車専用スペース。
おまけに道の駅側のスペースには、大型トラックが停車し、程よく死角になっていた。
これ以上、素晴らしいポジションは無い。
ハンドルを切り、ゆっくり近づくと、向こうも気が付いたのか、神田と片平も降りてアンダーテイカーを物珍しく見ている。
霊柩車の隣、バス専用レーンでようやく、アンダーテイカーは停車。 エンジンを切り、ほてったエンジンを休めることができた。
ここに、国光家のバスがいたであろうことは、安易に想像がつく。
それがいないということは、先行させることに成功したということ。
「おまたせしました!」
早速降りると、碧と澪は2人の元へと歩み寄る。
そんな彼女らを、神田と片平は、軽い会釈で迎えた。
「神崎さんの指示通り、霊柩車の調子が悪い、JAFを呼んだので先に行っててくれと彰さんに説明し、バスを先行させました。
その間、カオルさんのSUVは、ここには来ていません」
「分かりました。 バスが出発したのは、いつです?」
「ほんの2分ほど前、ですかね。
トイレ休憩を済ませて、そのまま出発しましたよ。
精進落としの準備とかもありますからね。 早く舞鶴に着きたいというのが本音でしょう」
そう話す神田の傍で、澪は碧から車のキーを受け取り、後部荷室のドアを開錠する。
観音開きの扉から顔を出したのは、正真正銘、国光平九郎の遺体が入った棺桶だ。
目立った損傷もなく、微かにヒノキのいい香りがしてくる。
一方、碧は緊急事態であることを、単刀直入に説明し始めた。
「カオルさんは、この遺体が自分の父親のものでないことに気づいている可能性があります」
「なんだって!?」
顔をこわばらせ、驚く神田に、彼女は冷静に語りかける。
「彼女の仲間が、列車に乗ってこちらに向かっています。
八木で降りたのも、その人物を迎えるためと見て間違いありません。
列車到着は54分なので時間はありますが、大至急御遺体の交換を行いましょう。
私たちも、あなた方の出発を見送り次第、次のインターで降り、京都へ引き返します」
「了解です!」
神田と片平も、自身が乗ってきた霊柩車の観音扉を開いた。
この車に乗っているのは、取り違えられた久根淳太郎の御遺体。
棺桶を2人がかりで引っ張りだすと、ストレッチャーが展開し、一気に外へ。
「こちらの棺桶は出しましたので、後は、神崎さんの車から、平九郎氏の棺桶を出して、我々の車に乗せれば終了です。
しかし、人力で運ぶとなると、かなりの重量になりますが、大丈夫でしょうか」
「この霊柩車を作ったエンジニアが、私たちの後を追っています。
私たちの協力者です。
男性2名。 万が一、この4人で運ぶことが困難なら、彼らの到着を待ちましょう」
「カオルさんの方は、大丈夫なんですか?」
片平の疑問に、澪が答えた。
「特急が停まる園田駅から、このPAまで、かなりの距離があります。
到着まで10~15分と見積もっても、その間に余裕で着きますよ」
その説得に安心した2人は、すぐさまアンダーテイカーに近づき、棺桶を引っ張りだす準備に取り掛かった。
碧と澪も、重労働になることは承知の上。
腕を回し、大きく息を吐いた――。
「ん?」
唐突に、碧のスマホが振動。
小刻みなバイブレーションの正体は、響からの着信。
こんな時に、いったい。
失礼と一言、碧は霊柩車から離れて、ため息混じりに電話を受け取る。
「響、いま忙し――」
『特急列車が爆破された!』
開港一声、緊迫した響の声に、ただ事ではないと直感した。
爆破だと?
「どういうこと?」
『今さっき流れた、NHKの速報です!
JR八木駅付近を走行中のまいづる・はしだて5号で爆発が発生!
どうやら先頭車後部の通路に爆発物が仕掛けられていて、それが爆発したそうだ』
「そいつが、佐野の仕業っていうこと?
でも、なんで列車を爆破――」
瞬間、碧の顔が真っ青に。
一方的に電話を切ると、走りながら澪たちに叫んだ。
「棺を車に! 早くっ!」
「どうしたのよ、碧。 園部駅からここまで距離が――」
状況を知らない澪に、彼女は叫ぶ。
「園部じゃない! 奴ら特急を、八木で爆破したんだ!」
「なんでそんなことを!?」
驚く神田だったが、鉄道マニアでもある澪は、その魂胆を見抜き、頭を抱える。
「ショートカットか――っ!!」
「そのとおりだよ。
恐らく佐野が京都駅から爆弾を持って乗り込み、列車が八木駅を通過するタイミングで爆破した。
縦貫道に最も近い、八木東インターの近くに緊急停車させるためにね」
「あのインターのすぐ目の前には、山陰本線の線路が走ってる」
「混乱に乗じて列車から脱出し、待ち構えていたカオルの車に乗り込み、後は縦貫道に乗って、私たちの後を追いかける」
「こんの野郎。 よりによって、貴重なKTR8000形を傷物にするなんて……って、ちょっと待ってよ。 ってことは――」
怒り心頭の脳みそを冷静にすると、澪は考えたくもない現実に直面する。
54分より前に列車を降りた、となると――
「カオルはもう、このハイウェイを爆走してるってことさ!
早くしないと、霊柩車がいないことがバレて――」
時すでに遅し。
「その心配はいらないわよ~」