17, 響からの報告 ~彰とカオルの過去~
「高速を降りたぁ!?」
アンダーテイカーの助手席で、澪は不意に叫んでしまった。
時刻12時33分。
彼女たちは、亀岡インターを通過していた。
時速110キロは出ているが、車の挙動は安定している。
荷台からもおかしな音は聞こえない。
一般車も、奇抜な車に道を譲っていくため、スムーズだ。
「降りたって、どういうことです!?」
『分かりません。 八木の料金所に差し掛かったとたん、スピードを上げてインターチェンジを降りていったんです。
我々の車列は、もうすぐ京丹波に差し掛かります!』
「舞鶴に向かうよう、後ろからずうっとついてきてたのに、なんで今更……」
スピーカーにしたスマホから聞こえる片平の説明と共に、澪は困惑したが、その思考をすぐにポジティブに切り替え、碧に話しかけた。
「ま、ともかくこれで、不安要素は消えたってことよね?
カオルって人、父親の遺言にキーキー文句言って、わざわざそれを無碍にしたじゃん?
そんな人が、霊柩車が故障したなんて聞いたら、何言いだすか分からないんだから」
それはそうだ。
しかし、碧の表情は晴れない。
「……」
「碧?」
彼女は一抹の不安をよぎらせる。
そう、ずうっと頭の中に、まるで崖から落ちそうなボールのように引っかかっている“最悪の可能性”だ。
「片平さん。 葬儀会館を出発する前に彼女、なにかおかしなことしていませんでしたか?
例えば、誰かに電話していたり、スマホをしきりに見ていたり」
『そういえば、誰かに電話していましたね。
相手は分からなかったんですけど、丁度お別れの儀を執り行ってる時間でしたね』
「それ、確かですか?」
『はい。 それに彼女、出発前に喪主代理の彰社長に対して、変なこと言ってたんです。
“社長の椅子も今日までだ” って』
瞬間、碧は全てを理解した。 自然と眉間にしわが寄る。
釈然としない澪は通話を追えるが、その後碧は、ハンドルを強く握るのに合わせるよう、声を絞り出す。
「やっぱり、バレてたんだ」
「ええっ!?」
「会館に持ち込まれた御遺体が、自分の父親じゃないって」
澪にはとても信じられなかった。
赤の他人が見ても、2人の顔はコピーしたかのように同じなのだから。
「あの御遺体は、国光会長と瓜二つの顔なのよ。
そんなの、どうして……」
「実はね――」
核心を碧が話そうとする同じタイミングで、今度は碧のスマホが鳴った。
背広の内ポケットから取り出すと、澪に渡してスピーカーにするよう頼む。
「響さん?」
「そう、大阪の情報屋。
国光家とカオルの事が気になってね、調べてもらってたの」
スピーカーにした途端、電話の向こうから低音のダンディな声がこぼれだす。
『もしもし、碧さん?』
「なにか分かった?」
『国光カオルに関してですが、彼女、国見家から半ば絶縁されています』
いきなりの重大情報である。
「おいおい、絶縁って……何をしでかしたの?」
『カオルは18年前、交友関係のあった暴力団組員の男に弟の、つまり現社長の国光彰氏の恋人を、暴行するよう指示したそうです。
被害者は、彰と同じ高校に通っていた1年生のミヤビ 杏子さん。
下校途中に誘拐され、3日後、大津市内で保護されてます。
全治1か月の大けがを負い……あとは言わずとも、分かりますよね?』
クズが、と小さく吐き捨てる。
『その暴力団組員は逮捕され、取り調べで国光カオルの関与を自白。
彼女は一貫して否認したのですが、このことが問題となり、国見平九郎氏は被害者家族と示談という形で和解した上で、全ての根源となったカオルを絶縁。
クニミツ食品時期後継者の話も、白紙になったんだそうです。
その後、カオルはロンドンに移住。 今に至ります』
すると澪が聞く。
「杏子さんは、今……」
『事件後精神を病み、1年後に今出川の自宅マンションから、飛び降り自殺を。
両親もその後、後を追うように病死しています』
「なんてこと……」
澪も、壮絶な出来事に言葉を失う。
国光家に無関係な人間の未来が、奪われてしまったなんて。
「その暴力団員って、誰か分かってるんですか?」
『関西銀龍会の、佐野カズサ』
組織名を聞いた瞬間、碧と澪は更に頭を抱え、同時に大きく息を吐いた。
「よりによって、指定暴力団かよ……」
「そりゃあ家族も、縁切りたくなるわね」
「食卓の味方が、ご家庭の敵と仲良しこよしとあれば、イメージダウンで会社が潰れかねない。
ま、経営者としては、ただしい選択だ」
腕が痛くなったか、スマホをダッシュボードに置くと、左腕をほぐすように右手でもみ始めた。
「ロンドンに移住したのも――」
「おそらく、日本から追放するためだろう。
むしろ、させた、という言い方が正しいかもしれない。
会社のため、息子のため、そして嬲り者にされた女の子のため」
2人の会話を聞いてか、響が割って入る。
『そのとおりですよ。 半ば絶縁状態という言い方も、そこにあります』




