16, 片平と神田
2車線道路の京都縦貫道。
先行する国光家の車列は、亀岡付近を走行していた。
霊柩車の背後を走るカオルのマセラティも、何事もなく走り続けている。
「おとなしいもんですね。 あんだけホールで騒いでいたのに」
サイドミラーを覗き、片平は不満そうにつぶやいた。
真っ赤なSUVが鏡の中で、キラキラと輝いているが、そのハンドルを握る女はひどく淀んでいる。
反射する太陽光がモザイクとなり、彼女の表情までは見えないが。
「ウチの仲間をいびったかと思えば、関係ない車を質にして、葬儀内容を変えろですよ。
もう、警察に訴えてもいいくらいじゃないですか」
「片平、お前の言い分は分かるが、今はそっとしておくしかない。
こいつは国光家の問題だ。 俺たちが、どうこう言う筋合いじゃないからな」
それに、とハンドルを握り、横目で片平を見ながら、神田は言う。
「この霊柩車に積まれてるのは、国光平九郎じゃない。
彼女を刺激して、その事実が明らかになったら、何が起きるか分からん。
身銭を切り、天使運輸に依頼した大村社長を、俺は裏切りたくない」
「そんなにすごいんですか? その天使運輸って」
俺も先輩方から聞いた話だが、と前置きし、神田は続ける。
「ラブレターから死体まで、どんなものでも依頼者の要望通りの形で運ぶ。
世界遺産の寺から、暴力団事務所まで、京都で世話になってない奴はいないという程、完璧に仕事をこなし信頼されている、正に最強の運び屋だ。
ただし、彼女たちのルールを守ればの話だけどな」
「ルール、ですか」
「しっかりと意思疎通を取ること、お金に対し敬意を示すこと、嘘をつかないこと。
特に嘘をついたものに対しては、キャンセルと共に制裁も加える」
「なぁんだ、当たり前のことじゃないですか」
裏社会の人間のルールと聞き、もっとおどろおどろしいものを期待していた片平は拍子抜けして、大きくため息。
「その当たり前を守ることが、一番大変なのさ。
俺は転職組で、今まで人と接する仕事をいくつかこなしてきたが、この3つのルールを守れない人間は、ごまんといる。
こちらから話しても反応しないクライアント、お金を賽銭のように投げて渡す客、そして嘘をつくヤツは客に上司に同僚に、数えるだけでキリがない」
「先輩……」
「“当たり前”を守り続けるって、当たり前じゃないのさ。
故に信頼と安全が生まれる。
俺は天使たちの話を聞いたとき、京都中の人間が、彼女たちに助けを求める理由が分かるような気がしたんだ。
今回、社長と同伴した時、絶対に嘘をつかないようにしよう、もし社長が嘘をついたら、クビにになってもいい、訂正しよう、そんな覚悟で行ったんだよ」
芯のある説得に、片平はいつの間にか運転する先輩の横顔をじっと見ていた。
酒を飲みにいても、説教じみたことを言わない彼が真剣に。
「だから片平、お前も彼女たちとの定時連絡で嘘はつくな。
この仕事が終わった後も、誠実な人間でいろよ。
冠婚葬祭は、誠実さが第一だ。 いいな」
「はい」
2人して決意を固めるなか、彼らの前に屋根付きのゲートが現れた。
八木本線料金所。
ここで、北上する車に通行券が発行されるのだ。
ゆっくりと減速し、丹波方面と記されたゲートへ霊柩車が向かい始めた―― その時だった!
「先輩っ!」
片平がサイドミラーの覗いて叫んだ。
まさか!?
神田も同じく、サイドミラーに目を向ける。
カオルのマセラティが、ウィンカーを出して左へと道を逸れはじめたのだ。
実はマセラティが向かった左端には、八木西インターチェンジへとむかうレーンがあり、本線料金所とは完全に分離しているのである。
車列から完全に抜けたマセラティは、そのまま一気に加速。
霊柩車を横目に、縦貫道を降りてしまったのだ。
それも横目で、呆然とする神田たちを笑いながら。
時刻は12時33分。
もう、どうしようもない。
停車と同時にETCが反応して、ゲートが開く。
ここから、カオルを追いかけることはできない。
「おい! 神崎さんたちに電話!」
「は、はいっ!!」
神田の指示で、片平は慌ててスマートフォンを取り出し、興奮しながら電話をかけた。
サイドミラーを見ても、赤い車はいない。
車間が迫り、観光バスが壁のように迫りくる。
とんでもないことになった、と慌て追いつめられる神田の心理を表すかのように。
「もしもし、片平です!
車が、カオルさんの車が……高速を降りましたっ!」




