15, 業務連絡
「最後に、本来の喪主であるカオル氏は、バスに乗ってるんですか?
ホールでトラブルがあったと、大村社長から聞きましたが」
『いえ。 彼女は自分の車で移動しています』
「車……というと、霊柩車の前を?」
『後ろです。 霊柩車とバスの間に割って入るように』
まさかの別行動!?
澪は神田たちに聞こえないよう、小さく碧に言った。
「監視してる?」
「おそらく。 前を走ったんじゃあ、霊柩車がルートを外れた時に、すぐ捕捉できないからねぇ」
「でも、どうして縦貫道に入ってまで……市内を回らないって約束は、もう果たされてるじゃん?」
一抹の不安を覚えた。
後ろへと抜けていく車と白線の速さを、シナプスにシンクロさせて、待ち時間に考えた最悪のシナリオを思い出す。
すべては想像でしかないし、それを確かめる電話も、まだ鳴らない。
碧は前を向きながらも、すぐに電話口の神田に話しかける。
「車の車種とナンバーは、分かりますか?」
『和泉ナンバーの真っ赤なSUVで、大きな王冠のようなマークを付けてます。 クラウンとは、また違う。
外車ですよ、あれ多分』
「分かりました。なにかありましたら、すぐ連絡ください」
澪は、スマホの赤い円をタップして、通話を終えた。
正体不明の車種、2人はもう、大まかな予想を立てていた。
「王冠のようなエンブレムってことは、車種はマセラティ」
「ああ。 SUVタイプとなると、レヴァンテかグレカーレのどっちか。
2台とも、240キロ近いスピードを出せるセレブリティ・カーだ。
ま、なんにせよ、赤い車なら変な気を起こしても目立つ」
「こっちも、警戒しやすいわね」
「とにかく、先を急ごう。
追いつけなかったら、元も子もない」
大空に迫りくる、無機質な高架橋。
車の頭上を、N700系電車が矢の如く走り去る。
東海道新幹線の線路が現れたということは、もう間もなく、大山崎JCTに差し掛かる。
本当の戦いはこれからだと、2人はシートに改めて深く腰掛け、その決意を新たにするのであった。
■
少し遡って――
PM12:25
JR京都駅
古都の玄関口。
その西端にある山陰本線のホームから、4両編成の特急列車が出発していた。
メタリックな藍色の車体に、金箔のような豪華な装飾のディーゼル車。
2両編成の列車を重連にして、ゆっくり京都を後にする。
特急まいづる・はしだて号。
山陰本線を北に走る特急で、先頭2両が豊岡行のはしだて、後方2両が東舞鶴行のまいづる号となっている。
使用しているのはKTR8000形、JR線に相互乗り入れする私鉄、京都丹後鉄道の特急型気動車だ。
その先頭車両に、背広を来た50代くらいの男が乗っている。
コロンをまとう彼の顔は、30代かというほど若く細い。
しかし、細長い足を、狭い座席の間で組み、後ろの客が憚るのを気にせず、座席を後ろに倒すなど、マナーがなってない。
「今、出発したぜ……っと。
いいパトロンを持って、俺も幸せだぜ。
さーて、死人からこってり絞る前に、前祝と行こうか」
スマホでどこかにメッセージを送り終えた彼は、隣の空席に放り出したビニール袋を漁ると、中からロングの缶ビールを取り出した。
乗車前に買い込んだであろうそれを、泡が飛び出す程勢いよく開け、ぐびぐび音を立てて飲み干すと、おかわりを袋から取り出す。
下心ある汚い笑みを、流れゆく京都市街の車窓に向けながら。
「愛してるぜぇ~、カオルよぉ~」
ビニール袋は、ロング缶2本を取り出してもなお、大きく膨らんだままだった。




