14, アンダーテイカー、発信! -So High-
取り違えられた、本当の国光平九郎の棺が載せられたとき、時計の針は12時15分を過ぎようとしていた。
すぐにでもかっ飛びたいところだが、積み荷に傷ひとつ付けることは許されない。
先行する国光家の霊柩車、ハンドルを握る神田は、同乗している社員 片平にも事情を話しているそうで、高速道路の法定速度である、時速80キロ前後を維持して時間を稼いでいるという。
「頼みますよ」
「必ず追いつきます。 それが仕事ですから」
そう、大村社長に告げて乗り込んだ碧だったが、一番不安を抱えているのは確かだ。
キーを差し込み、イグニッションをオンにして、彼女は大きく息を吐き、覚悟を決める。
先行する霊柩車は、半暴走状態。
対応を間違えれば、全てが水の泡になる。 失敗は許されない。
スターターを押し込むと、V型12気筒のエンジンが大きくうなりを上げる。
いよいよ、“彼女”の真価が試される時。
2人の乗るアンダーテイカーは、会館のすぐ先にある、名神高速道路京都南インターへと向かう。
料金所を抜け、坂道を上ると、遮られた防音壁の狭間から、本線が姿を現す。
一般道で慣れた眼球には、右手をヒュンと風を切ってすり抜けていく車が、F1のような高速度に思えてくる。
そんな気持ちになったことはないのに。
否、もう、そんなことは考えるな。
むしろ、楽しめ。 この車を、今の状況を。
不安をひねりつぶすように、脳内でお気に入りの音楽を思い出し、ハンドルをゆっくりと握った。
Channel X - So High。 鼓膜の内側から聞こえてくるアップテンポ。
誰にも聞こえないリズムで、静かにテンションを上げると、碧は澪と呼吸を合わせる。
「行くよ、澪」
「ええ、行っちゃおう、碧!」
ギアを下げ、アクセル全開!
体をシートに押し付けない、緩やかで優しい加速が、このマシンのすばらしさを物語る。
突然現れた、意味不明な車の風格もあってか、後続の車は一気にスピードを落とし、道を譲る。
難なく合流したアンダーテイカーは、ヘッドライトを照らし、右車線を一気に加速した。
名神高速道路を疾走していく、ワインレッドの霊柩車。
ロールスロイス・ベースに、ドライバーは二度見することなく追い抜かれていく。
100キロを超えても、スーパーカーのような荒い音を出すことなく、静かに走り続ける。
「流石、センチュリー専用エンジン。
馬力は勿論だけど、音も違うねぇ~」
「感心してる場合じゃないでしょ。 霊柩車がどこ走ってるか聞かないと」
「そうだった。 電話頼む」
碧は澪に、大村社長から聞いた、神田の業務用携帯に電話するよう頼んだ。
ワンコールで出た通話をスピーカーにして、口元に向ける。
「天使運輸の朝倉です。 我々も名神高速に入りました。
そちらの現在地は?」
『先ほど大山崎から、京都縦貫自動車道に入りました。 長岡京インターをつうかし、間もなくトンネルに差し掛かります』
「了解しました。 霊柩車と、ご遺族のバスに異変はありませんか?」
『今のところ問題ありません。
それで朝倉さん、どこに車を停車させましょうか』
ミッション最大のポイント。
2台の霊柩車を並べて、棺桶を入れ替えるとなると、広い駐車場は必須だが、それ以外にも人目につかないことも、大きなポイントと言えよう。
少し待ってください、と言い通話をミュートにした澪は、間髪入れずに提案した。
「距離的に近いのは、南丹PAだけど、どう?
あそこなら、人目につきにくいわ」
2人共仕事柄、高速道路のインター、SAの場所は全部頭に入ってる。
南丹PAは、京都縦貫道に入って最初に突き当たる場所だ。
京都市街へ戻るのも、比較的容易だ。
が、澪の提案に、碧は首を横に振った。
「微妙だねぇ~、駐車場の規模が小さい。
確かに人目に付きにくいけど、トラックの駐車スペースが埋まっていたら、即アウト。
その先の、京丹波PAが無難だよ。
駐車スペースはかなりあるし、上下線共用の道の駅も併設されている。
遺族に感付かれる可能性も、極力避けられるさ」
「他のドライバーに見られたら?」
「道の駅から遠い場所で入れ替えをすれば、何とかなるでしょ。
他に大型トラックも止まってるだろうし、そいつをブラインド代わりにすればいい。
ここまで計画が崩れたら、後はアドリブからの一発逆転よぉ!」
「OK、それで行きましょう」
マイクをオンに切り替え、澪がスマホを碧の口元に差し出す。
「電話代わりました。 神崎です。
ランデブーポイントを、京丹波PAに設定しましょう」
『京丹波、ですね?』
「そうです。
トイレ休憩の名目で停まったのち、バスに乗車しているご遺族の方に、霊柩車の調子がおかしい、修理したのち後を追うと説明して、バスを先行させてください。
その間に、私たちが追い付き、パーキングエリアで御遺体を取り替えます」
『停車場所の指定は、ありますか?』
「バスがSAから離れたのち、できるだけ道の駅から離れたエリアに移動させてください。
難しければ、大型トラックなどで、霊柩車の姿が隠れるような場所でも構いません。
利用客に見られては、厄介ですので」
『了解です』
これで、おぜん立ては完璧だ。
だが、碧には懸念材料がもう一つあった。
カオルの存在だ。




