13, 緊急事態
「しっかし、間違えるかなぁ……フツー」
国光家の車列が出発してからしばらく経った、いや、霊柩車はまだ京都市内にいると錯覚しながら迎えた、正午前。
シャンディ・ガフ・モーターを発った碧と澪は、竹田にある京都山村葬祭の本社兼葬祭ホールに向けて、車を走らせていた。
世界に一台しかない、ロールスロイスベースの霊柩車、アンダーテイカーで。
雲一つない晴天に、深紅の荘厳なボディが光り輝く。
「本社に向かうことを伝えがてら、そのことについて聞いてきたわ」
澪は、ふっかふかのシートにもたれかかりながら、ハンドルを握る碧に対して、話始める。
「両家の提案書や、会社の資料には間違いはなかったそうよ。
もちろん、霊安室の保管記録もね。
ただ、霊安室の御遺体引き出しには、木製の番号札が使われていたそうでね――」
ここまで言うと、碧は 当ててみようか? としたり顔。
「ややこしい番号で登録されてたもんだから、職員が札を見誤り、別人の遺体を出してしまった」
「そのとおりよ。
国光平九郎氏が01番、久根淳太郎氏が10番。 この数字を見事に間違えたのが、今回の事件の、そもそもの始まりだったの。
書類のチェックや、霊柩車に積む前の再確認も、規則としてはあったけど、職員が惰性でやっちゃったんだって」
赤信号で停車し、碧はハンドルにもたれかかる。
並走する車や、通行人の視線に目もくれず。
「よくある話だ。
“いつも規則通りやらなくても、事故なんて起きたことないし、まあいいだろう” で仕事した結果、それが積もり積もってあだとなる。
ホント、どんな仕事でもプライドってもんを持ってほしいねぇ。
全身全霊とまでは言わない。 せめて、コーヒーフレッシュ一個分くらいの量は」
「量の話は置いとくとして、プライドに関しては同感よ。
御法に触れるコトしてる私たちにもあるんだから、おてんとさんの下で、安全なお金を稼ぐ皆さんも、それくらいの気持ちで仕事してもらわないと」
「言えた」
信号が青に変わり、世間話がひと段落着いたところで、車は発進。
もう間もなく、山村葬祭本社会館に到着する。
近鉄京都線と市営地下鉄烏丸線が乗り入れる竹田駅。
そこから南へ少し離れた、国道24号線沿いある建物が、目的地だ。
木材を基調とした5階建てのビルと中規模のホール。
大きな駐車場も完備されている。
アンダーテイカーは、ウィンカーを出し、ゆっくりと歩道を乗り越えて駐車場に停車した。
職員のものと思しき、軽自動車が3台ほど停まっているだけで、人影は見当たらない。
「ちょっと、大村社長呼んでくるわね」
「よろしく~」
車を降り、小走りでビルに向かう澪を見送ると、手持ち無沙汰な碧は、頭の後ろで手を組み、座席にもたれかかったが、すぐに助手席足元に置かれた、2枚のクリアファイルに目が留まった。
山村葬祭から預かった、2人の資料だ。
「澪のやつ、不用心に忘れていっちゃって……」
そんな愚痴をこぼしながら、改めて資料をながめてみた。
何度見ても、似ている2人。
双子でもないのに、ここまで瓜二つなのも珍しい。 まさに粗忽長屋。
「ん?」
碧が、なにかに気づいた。
ぼうっとした顔は消え、大急ぎで国光平九郎の資料を、クリアファイルから取り出すと、もう片方― 久根淳太郎の資料が入ったファイルに重ね入れ、車を降りた。
空に向けてかざした2枚の写真。
透けて重なった故人の顔を見て、碧はハッと息を呑む!
「まさか……いや、もしこれだけの違和感で取り違いがバレていたら、騒ぎになっていないとおかしい。
ずうっと同じ屋根の下で過ごした家族すら、気が付いていないんだから」
口に手を当てて、じっと頭をフル回転させ考え続ける碧。
その脳裏に、考えたくない結論が浮かび上がった。
「もしも、密葬に参列した遺族の誰かが、この違和感に気づいていて、しかもそれを、何らかの理由で黙っていたとしたら……そんなこと、あり得るのか?」
自分に言い聞かせるよう呟いた彼女は、間髪入れず背広の内ポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始める。
相手はワンコールで、すぐに繋がった。
「もしもし、響。 大至急調べて欲しいことがあるの!
……そう、すぐに!
京都のクニミツ食品、知ってるよね? 創業者一族の間で、過去に大きなトラブルがあったかどうか、調べて欲しいの。
規模としてはそう、10年前の柏家具お家騒動ぐらいのやつ。
……ありがとう、頼むねっ!」
通話を終えると、本社ビルから澪が全力疾走でやってくる。
その表情は、まるで幽霊でも見たかのように真っ青。
「碧、大変!」
「どうしたの?」
息を整えた澪は放った一言に、碧も顔面蒼白。
「霊柩車が、高速に乗ったって!」
「国光家の?」
「うん。 5分前に」
「はぁ!?」
そういわれ、碧は自分の腕時計を見る。
12時08分。
あまりにも早すぎる!
突然の出来事に頭が混乱するところへ、大村社長も駆け付けた。
冷や汗と脂汗の混じった顔が、事の重大さを物語る。
「どういうことですか、社長!
11時半から、市内を走り回る予定じゃなかったんですか!?」
大村社長は、口調を早めることなく説明した。
「喪主が突然、自分に霊柩車を運転させろと詰め寄ってきたそうなんです。
神田君が説得したそうなんですが、その代わりに、父親の遺言である市内巡りを行わず、舞鶴に迎え、と」
「で、条件を吞んだんですか?」
「はい」
なんと滅茶苦茶な条件なのか。
しかし、そんなことを言う喪主とは何者なのだろう。
「この資料にある、国光彰という人が、そう言ってきたんですか?」
ファイルを指しながら碧が聞くと、大村社長は首を横に振る。
「いえ、その人は喪主代理です。
本来の喪主は、直前まで、私たちと会うことすらしなかったんですから」
「代理? 本来の喪主というのは?」
「国光カオルさん。 彰さん、いえ、彰社長のお姉さんです。
彰社長はむしろ、遺言を無碍にすることについて、強く反対していたと、神田君は言っていました」
クニミツ食品社長の姉が、突然霊柩車を運転させろと言ってきた。
親の遺言を無碍にしてまでも、そんなことをする理由とは。
碧には、嫌な予感がよぎるが、いつまでもここでシリアスしている場合じゃない。
大村社長に、棺の搬出手配をするよう言うと、彼女はまた、スマホを取り出した。
「響、ごめん。
さっきの依頼に、ひとつ訂正があるの。
国光カオル……そう、この人のスキャンダルを中心に、情報を集めて。
……事情はいいから、急いで、大至急!」