表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使突抜ッ! ~可憐な運び屋の危険な日常~  作者: JUNA
mission 2 : 疾走!アンダーテイカー ~輸送中の棺桶を取り替えろ~
42/95

12, 出棺条件

 AM11:40

 おいけホール 正面玄関


 喪主代理の彰は、父の遺影を掲げながら、ホール前の御池通に停車している観光バスに、親族の皆さんを誘導していた。

 11時半にはホールを出発予定であったが、既に10分オーバーしている。

 それには理由があった。


 本来の喪主である、姉のカオルがあの後、帰ってこなかったからだ。

 ホールをくまなく探したが、どこにもいない。

 密葬前にいちゃもんをつけた、あの若い従業員をまた詰めに行ったのかとも考えられたが、そうでもなかった。

 

 彰がそうであるように、親族も彼女とトラブルは起こしたくない。

 それに、バスと霊柩車も待たせている。

 世話役である彼の叔父との話し合いの末、喪主代理もいて、この先の葬儀に何ら影響はないと判断し、カオル抜きで舞鶴に行こうという決断に至ったのだ。


 「全員、バスに乗ったよ。 彰君。

  さっきカオルが恫喝したご婦人には、明音が謝ってくれたよ」

 「ありがとうございます。 叔父様。

  叔母様にも、お礼の言葉をお願いいたします。 私からも後で改めて」


 彰が深々と頭を下げると、叔父と呼ばれた初老の男は、肩を軽くたたいてバスの中へと消えていく。


 一方、棺桶もホールから運び出され、既に玄関横のヤードに停まっていた霊柩車に収容されていた。

 光岡 リューギをベースにした霊柩車で、ストレッチャーごと荷台に搭載可能となっているタイプの車だ。


 「霊柩車の準備が整いました。 私が舞鶴までご一緒いたします」

 「よろしくお願いいたします。 こちらも、OKです」


 バスの横に立っている彰に歩み寄ったのは、葬儀屋従業員の神田。

 彼が霊柩車のハンドルを握る。

 通常、助手席に喪主が乗るのが一般的であり、彰もまた、霊柩車に乗り込むため、神田の案内でバスを離れ、ホール玄関へと向かっていた。


 刹那!


 パパーッ!!


 葬式ムードだけでなく、京都の和やかなひと時を盛大にぶち破るほどのクラクションが、御池通に鳴り響く。


 何事かと首を向けるより早く、音の正体がスキール音を響かせて現れた。

 車体をスライドさせ、御池通をふさぐように停車したのは、真っ赤なSUV。

 槍のような王冠を模したエンブレムを光らせる、巨大なフロントグリル。


 マセラティ レヴァンテ。

 V8エンジンを搭載した、イタリアの高級自動車だ。


 「勝手に行こうとすんな! このアホンダラぁ!」


 車への敬意もなく、荒くドアを閉め、怒鳴りながら降りてきたのは、やはりこの女。

 カオルである。

 この威圧感だ、マセラティより中古の国産セダンが似合いそうというもんだ。


 「勝手に消えるからですよ」


 苦言を呈する彰を完全無視。

 横目でガンを飛ばすと、何を考えているのか、神田の前に歩み寄る。


 「おい、お前!」


 人を指さし、ドスの利いた声にも神田は屈しない。

 刺激しないよう注意しつつ、平然と答えた。


 「なんでしょうか?」

 「運転代われ。 国光家の亡骸は、崇高な人間が運ぶのがふさわしい。

  お前ごとき下々の者が、汚い手で握るべきハンドルじゃない」

 「それはできません。 規則ですから」

 「くぉらぁ、お前! 下々の者が私に口答えするのかい!

  お前たち下々の者共の飯を、丁寧に用意してるのは誰か、わかってるのかい?」

 「なんと言われようと、できないものはできません」

 

 諸刃の宝刀、下々の者。

 肩を小突き、馬鹿の一つ覚えと言わんばかりに連発する。

 屈しない神田に、彰の援護が加わった。


 「そのとおりですよ。 霊柩車は特殊な車です。

  葬儀屋以外の人間が、運転なんてできませんよ」

 「おいお前、誰に向かって――」

 「バスに乗りたくないなら、それで結構です。

  あなたの車で付いてきてください。

  そうでなくとも、道路をふさいで、みんな迷惑していますよ」


 霊柩車は法律上、貨物車両だ。

 簡単に第三者に運転など、されられやしない。

 くわえて、後ろを振り返ると、道路のど真ん中に放置されたマセラティが、通行の邪魔をしていた。

 親族の乗るバスも、身動きが取れず、一般車が渋滞を作っている。

 さすがに折れたのか、大きく手を振ると上から目線で、神田に言った。


 「いいだろう。 仕方ないが、下々の者に運転させてやろう。

  その代わり条件が2つある。

  お前は、霊柩車に乗るな、彰。 連中と同じバスに乗れ。

  それから父の遺体を、このまま舞鶴に送れ。 京都市内の巡回は、ナシだ」


 カオルの言う条件に、彰の怒りは頂点に達する。


 「ふざけるなよ……強く出ないからって調子こきやがって……っ!!

  思い出の場所は必ずめぐるよう、遺言書に書いてあったじゃないか!

  霊柩車は来るのを待っている社員や取引先も、本社にいるんだ!

  親の最期の願いぐらい、ちゃんと叶えてあげようと思わないのか!」

 「死んじまったら、親もクソも関係あるかい!

  あの男は、優秀なこの私から未来を奪った、最低な父親だ。

  そもそもの喪主は、この私だぞ! 私に盾突くつもりかい!」


 精神論など、姉には通じない。

 それどころか、逆上し、人差し指で彰の胸元を小突きながら、ねちねちと話す。

 

 「そんな死人のワガママなんざ、しったこっちゃない。

  条件を吞まなきゃ、お前の可愛い社員も無事じゃあ、済まないぞ」

 「なんだと!?」

 「アンタの秘書にべっぴんさんがおるよなぁ?

  園田、だったか?

  帰り道に野獣の慰めモンにされたら、ご両親はさぞ悲しむだろねぇ~。

  いつかの()()ちゃんのように、なぁ~」


 人を不愉快にする、ゲスな笑みで弟を見上げるカオル。

 2人の名前を聞いた途端、彰は狼狽し、こみあげる感情を、両手を拳にして抑えるしかなかった。


 「……わかりました。

  父の遺言は破棄し、このまま舞鶴に向かいます。

  私も霊柩車には乗りません。

  それで、宜しいですね?」

 「よく、できました。 いい社長を持って、父もさぞ幸せでしょうねぇ~

  ま、もっとも、その椅子も今日までだろうけどね」

 「どういう意味ですか?」


 捨て台詞に一抹の不安を感じた彰だったが、彼女は何も言わず、背を向けて車へと戻っていく。

 通りには既に、クラクションと怒号、通報で向かっているパトカーのサイレンが、不協和音のレクイエムを奏でている。


 「いいかい! 下手な真似したら、ただじゃおかないからねっ!」


 怒鳴りながらマセラティに乗り込むカオル。

 彰は従うしかなかった。


 「彰さん。 助手席には、私の部下の片平を乗せます。

  優秀な社員です。 万が一の時に力になってくれるはずです。

  お父様の御遺体は、我々が責任をもって、舞鶴に運びますよ」

 「ありがとうございます」


 遺影の写真をしばらく見つめると、心配そうな表情でみつめる親族たちの乗る大型バスに、乗り込むのだった。

 一方、神田は心の中で期待と不安が入り混じっていた。

 霊柩車が守られたのはいいが、肝心の天使運輸の霊柩車は、まだ本社に着いていなかったからである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ