11, 改造霊柩車 シルバーレイス・キャスケット・コーチ ~アンダーテイカー~
事務所裏口を抜けると、レッカー車や預かった車の一時保管に使っている駐車場が広がっており、その隅に、車3台分は入るであろう、大きなガレージが建っている。
碧と澪は、裏口のドアを閉めると、先を歩く長尾の後を追いかける。
ここに霊柩車が?
離れてて、と言い、長尾が作業着のポケットから取り出したリモコンを、ガレージに向けた。
電動シャッターのスイッチが入り、重苦しい扉が金属のぶつかり合う音を響かせて、キュルキュルと動き出す。
「元々は、大阪オートメッセに出品しようと、密かに作ってた車だ。
作ったはいいが、出す機会を完全に逃してね。
墓場同然で、ここでずっと眠り続けてたんだ」
どうも、状況がのみこめない。
彼の前置きが意味するのは何なのか。
「腰、抜かすなよ」
シャッターが完全にあがり、LED電灯が一斉に広い車庫を照らした!
姿を現したのは、普通の車よりも全長のながいマシン。
丸いヘッドライトに大きなフロントグリルと、いやに細長くエンジンルーム。
両サイドを覆う黒いフェンダーも、タイヤを隠してしまうほどに大きい。
20世紀中盤― 自動車黎明期を思い起こさせる風貌に、それに合う落ち着いたワインレッドを身に纏う。
そして、エンジンルーム先端で風を切る女神像 スピリット・オブ・エクスタシーは、信頼と伝統の証。
碧も澪も、この特徴的な前面で、車種がすぐに分かった。
「おいおい、こいつは……」
「ロールスロイス!?」
長尾に促され、ガレージへ入ると、まじまじと眼前のマシンを観察する。
フロント部分は、“ザ・貴族のお乗り物” ロールスロイスで間違いない。
が、しかし、通常であれば運転席から後ろにあるはずのリムジン部分が見当たらず、代わりに霊柩車独特の、天井からリアまでを覆う、窓がないカーボン製の荷室が設けられてた。
「そうだ。
ロールスロイス シルバーレイス。
大戦直後のイギリスで生まれた、当時の最高級自動車だ。
こいつはな、エディンバラにある古城で、ずうっと放置されていたんだよ。
そいつをたまたまみつけて、日本に持ってきたのさ」
シルバーレイスといえば、イギリスや日本をはじめ、各国のロイヤルファミリーが使用した高級リムジン。
およそ半世紀以上前とは思えない程、綺麗になった姿に、2人は長尾の説明も半ば聞かず、見とれていた。
「折角なら、レストアついでに、なにか面白いことをしてやろうと思ってな。
元々長いホイールベースを更に伸ばし、後部座席をぶった切って霊柩車に改造した。
足回りも新しく、荷台は御遺体を安全に運べるよう、廃車になった霊柩車のパーツをそのまま流用している。
約6年かけてて作り上げた、世界に一台しかない霊柩車。
シルバーレイス・キャスケット・コーチ。
通称 "アンダーテイカー" だ」
碧と澪は、その瞬間、ミステリアスな魅力をマシンに感じてしまった。
葬儀屋の名を関した霊柩車。
その名前からか、ワインレッドの官能的な車体からか、理由は分からないが、彼女の体を走った感覚は、電撃が落ちた時の、そう、初恋に近いと言えよう。
だが、碧にはまだ、懸念材料があった。
「でも長尾さん、私の記憶が正しければ、初代シルバーレイスのエンジンは、最大4.9リッター 180馬力の直列6気筒です」
「言いたいことは分かる。 碧君の要求している馬力と加速性能だろ?」
彼女は静かに頷いた。
「霊柩車に改造するにあたって、エンジンもパワフルかつ、ロールスロイスの名に相応しい静かなものを選んで取り付けてある。
メイドインジャパンのアレをな」
にやりと笑う長尾に、碧は驚きを隠せない。
高級車に相応しい、高出力エンジン。
彼女の知識が正しければ、該当するエンジンは一つしかない。
「まさかとは思いますけど、センチュリーのエンジンを!?」
「そのとおりだ」
待ってました、と言わんばかりに、長尾はロールスロイスのエンジンフードを取り外す。
そこには、見た目とは正反対の近代的なエンジン。
見るや否や、おいおいおい と小さくつぶやき、碧は頬を赤らめる。
崩れそうな表情を保ちつつ、絶頂にも似た興奮が電気となり、再び体を駆け抜けた。
触ってもいいか、との断りも忘れ、碧はエンジンをしなやかな白い指でなぞる。
「碧、どういうこと?」
「2代目センチュリー専用に作られた、V型12気筒DOHCエンジン 1GZ-FE。
排気量5000㏄、最高出力280馬力。
それが、この車に積まれてるんだ。
V12エンジンは色んなメーカーで作られているけど、日本車では、このセンチュリー用のものが最初で最後なんだ ……変態だよ、長尾さん」
誉め言葉、と言わんばかりに、潤みながら見上げる碧に、ウィンクで答える長尾。
澪も、彼女の説明を受けて、このマシンの魔力に惹かれていく。
目を見張り、改めて全身を見渡した。
「このエンジンなら、たとえトラブルが起きても、片方の6気筒で走り続けられる。
もちろん緑ナンバーもつけてるから、公道を走ってもお咎めはないぞ。
賭けてもいい。
君たちの条件を満たせる霊柩車は、世界中探しても、これしかない」
長尾は、うやうやしく右腕を広げ、アンダーテイカーを指す。
そう、彼の言う通り、ここにあるのは、2人が求めていた究極の霊柩車だ。
「このアンダーテイカーを、君たちに託す。
”彼女”の本当の力を、開放してやってくれ」
「ありがとうございます」
渡りに船。 地獄に仏。 長尾に霊柩車。
思いがけない申し出に、碧と澪は深く頭を下げて感謝の意を示した。
「とは言うものの、魔改造したクラシックカーだ。
なにが起こるか分からん。
一応俺と、腕のいい整備士の2人で、アンダーテイカーの後を追うことにする。
無論、俺たちに気を遣わなくていい。
構わず走り続けろ」
「はい!」
それでも、今ミッションに使えるマシンは、これだけだ。
自分を信頼してくれた長尾のためにも、ここは応えないといけない。
碧と澪は、自信たっぷりに深く頷き、長尾も優しい笑みで返した。
全ての準備は、整った。
あとは、ジェントルマンを迎えに行くだけである。
家族にすら間違われ、一人孤独に眠り続ける紳士を。