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天使突抜ッ! ~可憐な運び屋の危険な日常~  作者: JUNA
mission 2 : 疾走!アンダーテイカー ~輸送中の棺桶を取り替えろ~
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8, 別れの儀、姉弟の確執

 AM11:04

 京都市中京区

 おいけホール


 国光家密葬が執り行われている大ホール。

 焼香も終わり、厳かな葬儀も11時前に終了。

 今は僧侶の経の代わりに、ショパンの別れの曲と、すすり泣く声が響くのみ。


 10分ほどの「お別れの儀」である。

 進行役の葬儀社の言葉を合図に、棺上部に設けられた両開きの小窓が開けられ、歩み寄った親族たちが最後の別れを惜しんだ。

 ところで、なぜ棺に小窓があるのか。

 諸説あるが、第二次大戦後ドライアイスが一般に普及し、遺体の腐敗をある程度防ぎ、故人の顔を保つことができるようになったため、と言われている。

 まあいずれにせよ、最近の技術の進歩が、我々の文化、とくに冠婚葬祭にも深い影響を与えている一つの例と言えるだろう。

 

 そして、小窓から覗く国光会長――と、言っていいのか ――故人の顔もまた、死後何週間と経過しているとは思えない程、穏やかなものであった。

 やや土気色の肌となっているが、死化粧で整えられ微笑むその人物は、髪の毛から頬のしわひとつとっても、生前の姿と変わりない。

 ただ、眠っているようだ。

 すすり泣く親族からも、そのような言葉が聞こえてくる。


 最も、防腐処理された遺体を守るためであろう。 小窓と御遺体の間にはアクリル板が挟まれており、その顔を直接触れる事は出来ないのであるが。


 棺に集まる親族たちから少し離れた壁際から、彰はその様子を傍観していた。

 時折目に、ハンカチを当てながら。

 そこへ、紫色の袈裟に身を包んだ僧侶が、彰に歩み寄る。

 彼と同じ40代前半くらいだが、横にふくよかな体型が印象的である。


 「彰くん、この度は……」

 「ああ、竜樹たつきくん」


 2人は合掌しあい、挨拶を交わす。

 竜樹たつきという僧侶 ――出家しリュウジュと呼び名を改めている―― が、彰の言っていた大学時代の友人だ。

 

 「竜樹くんが来てくれて、本当に助かったよ」

 「いやいや、友人が困ってるとなれば、手を差し伸べるのが当然さね。

  最も、僕にできるのは読経ぐらいだけど……そういえば、大変だったね。 誰も舞鶴の菩提寺に連絡入れてなかったんだって?」


 彰はため息をつく。


 「それで俺が急遽、喪主代行になったんだよ。

  大学時代、君の実家と、親父の菩提寺が同じ宗派だ、って聞いていたから、急いで電話したと、こういう訳さ。

  向こうの住職様には、連絡しているけど、何かあった時は……」

 「大丈夫だ。 僕は京都でも、指折りの暇住職だと自負してる。

  トラブったら、いつでも連絡してくれ」


 ゆっくり頷いた彼を見ると、竜樹は改めて彰に聞く。


 「で、お父様のお顔、見なくていいのかい?」

 「しあさっての本葬儀、その翌日の出棺でも見ることになる。

  今ここで号泣しちまったら、喪主代理として最後まで務められないかもしれないからな。

  それに、だ。 姉が怒鳴りつけた従業員に、謝らなきゃいけないし、父の顔なんて見てる暇ないよ」

 「そういうストイックなとこ、昔から変わってないな。

  なにがあっても自分で責任を背負い込むところとか。

  お姉さまの時もそうだったけど、もうちょいと自分を許そうや」


 竜樹の言葉で、彰の眼が一瞬でどす黒くなった。

 光のない、底なしの漆黒に。


 「竜樹くん、あれはもう、終わった話だよ。

  ()()のことも、あの事件のこともな」

 「すまない、彰くん。 僕もまだまた、修行が足りないようだ」


 事情を知っている竜樹はすぐに謝罪の言葉を口にした。

 袈裟の袖から伸ばした腕で、ポリポリと頭を掻きながら。


 「いや、俺も言い方が悪かったよ。

  孫の顔を拝ませてやれなかった、親不孝者の戯言だ。 忘れてくれ」


 一方の彰は、視線を棺桶の方へとやり、涙ぐむ親族の中から、姉 カオルの姿を見つける。

 密葬の際は喪主の席を譲ったし、焼香の際は誰よりも最優先で行かせた。

 これ以上、彼女が爆発しないようにという、彰と親族たちの配慮だった。

 お別れの儀が始まってずっと、父親の横を陣取り、他の親族に譲ろうとしていないが、誰も文句ひとつ言っていないのも、そのためだ。

 かと言って、涙で顔を腫らし、感謝や後悔の言葉を口にしているのかと言えば、そうではない。

 ただ無言で、父親の顔を凝視しているだけ。

 

 「……?」


 そんな姉の姿を見ていた彰だったが、突然棺桶から離れ、ホールを一番乗りで後にしようとする彼女を見て、静かに背後へ歩み寄る。


 「どちらへ?」

 「どこだっていいでしょ」


 抑揚のない問いに、ぶっきらぼうな返し言葉。

 ついでとでも言わんばかりに、カオルは振り返り、嫌味な笑みで彰を見た。


 「それともなに? 私になんか言いたいことでもあるの?

  例えば……アンタの婚約者の話とか?」

 「……」

 「アタシゃあ、悪くないからねぇ。

  下々の分際で美人に生まれてきたこと、そういう美人に産みやがった、あのアバズレの両親が悪いんだ。 これだけは、はっきりしておかないとねぇ」

 

 ふんぞり返る彼女に、彰は無表情で気だるく。


 「もう、あなたには何も言いませんよ。

  弟の分際で、あなたより先に結婚しようとした私に非があることは、重々承知しておりますし、こうして今も、恋人を作るどころか風俗にも行く気力すら、ありはしませんから」

 「分かってるじゃないか。 それでこそ国光家の次男として、あるべき姿だ。

  まあ、もっとも、その苦労からも、もう少しで解放されるだろうけどねぇ」


 カオルの言葉に、彼は引っかかった。

 腫れ物に触るかのように、丁寧語で話し続ける彰。

 慎重に聞き返した。 


 「おっしゃる意味が、全然分からないのですが」

 「今にわかるわよ。

  ……もう10分以上過ぎてるんじゃないの?

  いい加減奴らを、控室にひっこめたらどう?」


 身内を奴ら呼ばわりし、顎でクイっと指し示すと、カオルは大ホールを去った。

 どこへ向かったのか、彰は知る由もないし、積極的に知ろうとも思わなかった。

 腕を組み、彼女がいなくなったのを見ると、再び棺の方を見ながら竜樹と話を始めたからだ。


 だが、代わりに送迎バスが到着したことを伝えに来た、葬儀屋従業員の片平は、彼女の不可解な行動を見ることとなった。

 

 エレベーターで現れた彼。

 扉が開いて飛び込んできたのは、待合ホールに置かれた自動販売機の影で、こそこそと電話をかけていたカオルだった。

 スマホを耳に当て口元を隠し、周囲を見回していた彼女は、片平の姿に気づくと、鋭い目つきを向けて、傍にある非常階段へと姿を消したのである。

 

 なんなのか。

 首を軽くかしげると、そのまま大ホールへ早足で向かうのであった。

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