7, 碧の作戦
「高速道路、ですか?」
聞き返す神田に、碧はソファから立ち上がると、近くにあったミニカー2台を手に取って戻り、簡潔に説明を始める。
「簡単なことです。
先行する霊柩車と、私たちの霊柩車。 仮にこの2台をA、Bとしましょう。
2台の距離がある程度縮まったタイミングで、Aを最寄りのサービスエリアに停車させます。
その際、親族たちにエンジンの調子が悪いなどと言い訳をして、彼らの乗るバスを先行させ、この場から遠ざける。
その後、サービスエリアに追いついたBと合流。 すぐにお互いが積んでいる棺桶を取り替え、Aを発進させる。
積み替えが終わった段階で、先行するバスに、霊柩車の修理が終わったと連絡し、別のサービスエリアにバスを停車させAを追いつかせる。
あとは、何事もなかったかのようにAを舞鶴へ、Bを京都へ引き返させて、取り違えた方の遺体を竹田の葬儀会館に戻す。
これが一番、無難な方法かと思います」
説明を終えると、ミニカーをテーブルの端に置いて、神田たちを見た。
碧の言う通り、これが一番の方法だ。
仮に京都市内での取り替えとなると、大勢の人の目にさらされ、隠密作戦が水の泡となってしまう可能性があるからだ。
「そうですね。
それに、サービスエリアなら広大な駐車スペースがある。
棺桶を取り替える手間も時間も、最小限で済ませられるはず」
と、ここで大村社長が碧に聞いた。
「しかし神崎さん。
それならば、霊柩車ごと取り替えた方が、いいんじゃないですか?
故障した霊柩車の代わりが来た、とでも言えばいいわけですし」
「確かに、その方が手っ取り早いのは確かでしょう。
ただ、代わりの霊柩車がそんなに早く来たら、そっちの方が皆さん怪しむと思いますよ。
必然的に入れ替えるサービスエリアは、京都市から遠く離れた場所になるわけですし、そんなところを空っぽの、それも山村葬祭の霊柩車がたまたま走っていた、なんて言い訳は苦しすぎますから」
彼女の説得に、大村社長はなるほどと、独り言のように相槌を打つ。
「高速道路となると、京都南から舞鶴までの所要時間は約1時間。
問題は、京都市内を回ってる間に、私たちがどれだけ時間を稼げるのか。
2台の距離がスタート段階で短ければ、簡単に追いつけますからね」
すると、碧の不安に神田が答える。
「霊柩車には、私の後輩の片平が乗ります。
公私ともに、口の堅い男です。
彼に事情を説明して、霊柩車をできるだけゆっくり走らせるよう、言いましょう。
なに、故人の最後の思い出作りと言えば、ご遺族も訝しむことはないでしょう」
「お願いいたします」
碧の言葉を聞き、神田は立ち上がり、電話をかけなが事務所をあとにする。
「社長、私はホールにもどります」
「おお。頼んだぞ」
残された大村社長は、再度深く頭を下げ、感謝の言葉を述べる。
「神崎さん、ありがとうございます」
「社長、もう時間がありません。
すぐに本社へ連絡して、棺の移送手配を行ってください。
こちらは霊柩車の手配が出来次第、本社へ向かいます」
「分かりました!」
こうして、誰も知ることのない水面下での移送オペレーションが開始されたのである。
 




