6, ミッション
どういうことか?
否、意味は分かるのだが、どうにも運び屋の仕事としては漠然とした依頼である。
きょとんとしている2人に、神田が説明する。
「先ほどもお話しした通り、国光会長の葬儀は密葬です。
お二人はご存じかも知れませんが、この場合の葬儀は親族のみで執り行われます」
「家族葬とはちがうんですか?」
澪が聞くと、神田は軽く首を横に振った。
「ここまでは家族葬と同じなのですが、密葬の場合はその後、生前故人と親しくしていた方たちが参列する、本葬儀が執り行われます。
これが密葬と家族葬の、大きな違いなんです。
国光会長の密葬も同様、本葬儀が執り行われる予定です。
しかし国光会長は生前、密葬を創業の地 京都で、本葬儀を生まれ故郷の舞鶴でやってほしいという遺言をのこされており、密葬が終わったのちに、御遺体を舞鶴に輸送する手はずになっているのです」
ようやく話が見えてきた。碧はここで口を開く!
「つまり、京都から舞鶴へ移送される間に、国光会長の御遺体を、取り違えた別人のものと入れ替えて欲しい。
そういう訳ですね?」
「そのとおりです。
国光会長の密葬は、この後11時頃に終わります。
その後、お別れの儀を10分ほど執り行い、11時半にはおいけホールを出発予定です」
そういわれ、碧と澪は壁にかかった時計を見た。
長針は10時50分に達しようとしている。
会館でこそッとやればいいじゃないか。
内心、碧はそう思っていたが、なるほど、それができない事情があったのか。
理由を、彼女は口にして、神田に伝えた。
「竹田からおいけホールのある三条エリアまで、どう車を飛ばしても30分はかかる。
それに、棺に終始親族がついていれば、取り替えるチャンスはなかなか厳しい。
輸送中の取り換えは、理にかなってますね」
ここまで話した神田に変わり、大村社長が背を正し、口元をキュッと結びながら碧の方を向いた。
「今回の失態は完全に我が山村葬祭、いえ、私の責任です。
京都の産業界を支えた功労者の御遺体を、別人と間違えて送り出し、ご遺族に偽りのお別れをさせてしまったのですから」
「……」
「ですが、ここで御遺体を取り違えたという事故が公になれば、山村葬祭の信用は失墜。 最悪会社がつぶれ、従業員が路頭に迷う事態になりかねません。
それだけは、何としてでも避けたいっ!
死者の冒涜、葬儀屋失格と蔑まれようとも、私は今この瞬間を生きている従業員、948名とその家族の命を守る義務があるんです!
報酬は私のポケットマネーで300万。 現在、本社の方で用意させております。
どうか、引き受けていただけないでしょうか。
お願いいたします!」
社長の魂の叫び。
そして、股の下までうずまるほど下げた頭に、彼の覚悟を見た。
無碍にすることはできない。
嘘偽りのない言葉に、碧は――
「分かりました。 この依頼、引き受けましょう」
その言葉を待っていた。
思い切り頭を上げた大村社長の顔は、打って変わって晴れやか。
勢いあまって前に乗り出し、碧の手を握ると、ありがとうございます を連呼した。
だが、一方で澪の表情は晴れない。
彼女にはひとつ、懸念事項があったからだ。
「でも碧、どうやって御遺体を入れ替えるのよ。
今から保存施設に行って市内に戻るとなると、1時間はかかる。
その間に霊柩車は、京都からかなり離れることになるわ」
「その点は、なんとかなるかもしれません」
「と、いいいますと?」
神田が、再び説明する。
緊張もあったのだろう、テーブルに差し出された緑茶を一口飲んで、喉を潤す。
「実は……国光会長は生前、密葬後に、自分の思い入れのある場所をめぐってから、舞鶴へ戻ってほしいとも遺言を残されていました。
密葬が終了した後、御遺体を乗せた霊柩車は、親族の貸し切りバスと共に、京都市内を回ることになっているんです」
「なるほど。 その間に国光会長の御遺体を取りに行く時間を稼げる、というわけだ。
それで、思い出巡りのコースは?」
碧が聞くと、今度は神田が業務用のスマホを取り出し、赤線の引かれた地図を見せてくれた。
「おいけホールを出た後、自身が通った京都大学、奥様にプロポーズをした嵐山、そして梅小路にあるクニミツ食品 新京都支社の順でめぐります。
これも、遺言通りなので絶対です。
3か所を通過した後は、京都南インターから、高速道路を利用して舞鶴にある、うちの葬儀会館に、御遺体を運び込みます」
京都市内を、大きな円を描いて走る、最期の旅。
所要時間は1時間程度というところか。
碧は、なるほど、と相槌を打つと、もう計画を神田たちに打診したのだ。
「そういうことなら、高速道路上で御遺体を交換しましょう」