4, 長尾社長
「んで、今日はどうしたんだい?」
「飛び込みの依頼が入ったついでに、こっちに立ち寄ったんです。
エンコして立ち往生した坊さんを、10時までに葬儀会館に運ぶって、簡単な仕事だったんですけどね」
「お坊さんが天使に助けを求める、か。 なかなか面白い響きだぜ」
確かに言い得て妙だ。
長尾はフッと笑うと、話を変える。
「ま、丁度良かった、一つ君に聞きたいことがあったんだ」
「私もです。 恐らく、同じことだと思うんですけど」
そう言うと、2人は窓越しに整備ヤードへ目を向ける。
丁度、オレンジ色のビンテージカーが1台、ジャッキアップされ、足回りを整備している最中だった。
逆L字のテールライトが特徴的な、三菱 ランサーセレステ。
前回、大阪・天満橋で、カルト教団の車と壮絶なカーチェイスを展開した、あのマシンである。
「碧君、なして整備が終わったはずのセレステが、ここにいるんだね?」
「……帰巣本能ですかねぇ」
「オメエさんの車は、伝書バトかなにかか?」
「かも……しれませんねぇ~」
のらりくらりな碧に、長尾はため息。
「まあ、事情はある程度察するけど、もうちょっと大事に乗ってくれないかねぇ。
車も人間と同じだ。
君だって、ぞんざいに扱われるより、優しくされた方が心地いいだろう?」
そんな説得も、どこ吹く風。
彼女は首を傾げ、無邪気な笑みを浮かべる。
「残念ながら、私はドMでしてねぇ。
なでられるより、痛めつけられる方が萌えるんですよ。
それに、傷物になることが嫌だったら、こんな稼業やってませんし」
「OK、OK、碧君の性癖はよ~くわかった。
まあ、なんだ……できる限りでいいから、車は優しく扱うこと、いいね?」
「あ~い」
長尾は、彼女のこの顔が苦手だ。
人間の裏側をくすぐるような、吸い込まれる危険な表情。
ラズベリーをかみ砕いたときのように、甘酸っぱさが体じゅうを走り抜ける。
なので彼も、これ以上は厳しく言えないのだ。
「それで、君の要件は?」
「セレステの具合は、どんな感じかな、って思いまして」
危険な笑みを瞬時に消して、長尾に聞く碧。
予想通りの質問だった。
「車軸や駆動系は異常なかったが、サスペンションがダメになってたよ。
車体も傷いってるから、板金コース確定。
ご主人のとこに返ってくるには、まだまだ時間かかるよ」
「やっぱり、そうですか」
2人は整備中のセレステを見ながら話し続ける。
「まっ、どんな走り方したかは見当つく。
聞いたよ。 例の大阪爆破テロ未遂。
仕掛けたカルト教団と、ひと悶着あったって」
「頭から足まで、見事に狂ってる上に、粘着質な連中でしたよ。
でも、長尾さんのメンテのおかげで、フェラーリやGクラスとも互角にやりあって、こうして生きて帰れました。
本当に、助かりました。 ありがとうございます」
碧は長尾に、感謝の言葉を口にし、軽く頭を下げた。
「特別なことはしてないさ。 碧君のドラテクが良かっただけ。
セレステが、その腕に答えてくれたんだろう。
まあ、くぎを刺すようだけど、セレステにこれ以上の無理は禁物だ。
次に暴れさせたら、確実に再起不能になる。
戻ってきたら、近所の買い物程度で乗り回すことだな。 絶対仕事では使わないこと」
「分かりました」
そんな会話を交わしている最中、碧のスマートフォンが突然なった。
相手は彼女の相棒、朝倉 澪。
「もしも~し」
能天気な碧とは逆に、電話口の澪は焦りの声。
「碧! 今どこにいるの?
飛び込み仕事が入ったの! すぐ戻ってきて!」
「了解。 お客の情報を手短に」
「山村葬祭の大村社長。 大至急って」
その状況に、ただ事ではないと感じた碧の表情が一気に硬くなる。
「10分で戻る!」
長尾に礼を言い事務所を出ると、アルシオーネに飛び乗り発進!
京都市街へとハンドルを切るのであった。




