3, シャンディ・ガフ・モーター
AM10:09
京都市南区
京都市の南側。
東寺の五重塔がそびえる、いわゆる洛南と呼ばれるエリアは観光地のKYOTOから離れ、どこにでもある市街地の風景が広がっている。
近鉄京都線十条駅から西へ。 国道181号線沿いに、中規模の自動車整備工場がある。
その名を、シャンディ・ガフ・モーター。
大手中古車屋にも引けを取らない、近代的な整備ヤードには何台もの車と、整備士の姿。
軽トラックから、ワーゲン・ビートルまで、幅広い車が並び、皆がせわしなく、そして黙々と働いている。
裏にある駐車スペースからは、整備工場のトレードマークとなっている、年代物の小型トラックをベースにしたレッカー車が、今出動しようとしていた。
トヨタ スタウト2000。
ドラマ「北の国から」で主人公一家の愛車としても登場した、ボンネット・トラックである。
国道に合流し、一路東へ走るスタウトと入れ替わるように、整備工場にグリーンのスポーツクーペが入ってくる。
薄いフロントに、全ての窓ガラスがつながってるように見える、グラス・トゥ・グラスの独特なサイドウィンドウが特徴のこの車は、スバル アルシオーネSVX。
1990年代に発売された、スバル初の高級自動車である。
降りてきたのは、我らが天使、天才的なドラテクを駆使する運び屋 神崎 碧だ。
薄手のシャツに、デニムパンツ姿の彼女は、周囲を見回すと、隣接する事務所へ。
ボブカットの髪を揺らしながら、OPENの札がぶら下がるドアを押す。
「ん~、いないのかな?」
受付には誰もいなかったが、ふと部屋の隅にある、小さな商談スペースに目を向けると、碧と同い年くらいの若い整備士が一人、食事をとっていた。
「おっ、碧さん! 久しぶりっす!」
彼女の存在に気付いた整備士は、急いで立ち上がり、口にしていた食べ物を飲み込みながら、軽く頭を下げた。
「久しぶりですね、友宏さん。
ねえ、長尾さん、今日はお休み?」
「1時間ほど前に出かけていきましたよ?
もうすぐ戻るんじゃないっすかね?」
「タイミング悪かったかなぁ~」
バツが悪いと、頭を軽く掻いてため息をつくと、その整備士― 友宏へ歩み寄り、テーブルを背伸びで覗く。
「もう昼食?」
「いや、朝食っす。
飛び込みでお得意さんの整備が入ったもんだから、バタバタしちゃって」
「そう……」
メニューは、ラップに包まれた大きなおにぎりが2つと、小さなパックの総菜。
ペリペリと、舞妓さんの絵が描かれたフィルムを剥がすと、おだしの染みた揚げナスが顔を覗かせる。
「それ、“京のおばんざい”シリーズの新商品?」
「はい。 ちょっとしたオカズに、マジ丁度いいンすよ。
でも、意外っすねぇ。 澪さんが、毎日晩飯作ってくれるって聞いてたもんっスから」
「忙しくて夕飯作れない時とか、それに頼ってるよ。
味付けが関西風で、サイズも丁度良くていいんだよねぇ」
「分かるっす!」
友宏はそう言うと、割りばしでナスの揚げびたしを口に運び、追うように塩にぎりを、大きな口でほおばる。
美味しそうに、小さく頷きながら。
時間かかりそう、と碧が自分の腕時計を見た時だった。
「あ、社長帰ってきた」
友宏が口に含んだメシを、お茶で流し込みながら言った。
窓の外を見ると、碧のアルシオーネの横に、これまた奇抜な車が停車。
彫りの深い顔立ち、友宏と同じツナギ姿の中年男性が、シルバーの車から降りてくる。
スポーツカーのフロントだが、全体を見るとステーションワゴン。
この車の名は、スカージア。
ニッサン ステージアに、R34型 ニッサン スカイラインGT-Rの顔面を移植したカスタムカーである。
運転していた彼は、ドアにカギをかけると、隣に停まっているアルシオーネをちらっと見ながら、事務所へと歩いてくる。
「長尾さん、お久しぶりです」
「ああ、やっぱりアルシオーネは、碧君の車だったか」
碧は事務所の扉を開けた彼に、声をかけた。
やれやれ、といった具合に顔を左右に振る男こそ、シャンディ・ガフ・モーターのオーナー、長尾。
碧と澪が、マシンの整備を任せる、腕利きのエンジニアだ。
立ち上がった友宏に、そのまま飯を食べてて構わんよ、と声をかけ、碧の方を向いた。
 




