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天使突抜ッ! ~可憐な運び屋の危険な日常~  作者: JUNA
mission 2 : 疾走!アンダーテイカー ~輸送中の棺桶を取り替えろ~
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2, トラブルメイカー

 「なんなんだ、これはっ! ええ?」

 「も、申し訳ございません」


 控室の外で、50代くらいの女性が、葬儀社の若い女性従業員を詰めていた。

 お世辞にも美しいとは言えない、だらしのないボディを、派手なスーツで包み、化粧の濃い顔で眉をしかめて。

 鼻先が触れ合うくらいの近さで、口角から泡を飛ばしながら睨みつける。


 「どうして参列者に出す飲み物が、こんな安物ばっかなんだいっ!

  コーヒーは薄い! ジュースは果汁10パー!

  スントリーのウーロン茶なんて、下々の者どもが啜るウンコ水じゃないかぁ!

  お前ら葬儀屋は、下々の者どもが飲む下水を、目上の人にだすのかい? ええ?

  この、無礼者がぁっ!!」

 「すみません……すみません……」


 従業員はひたすら謝るしかない。

 目を赤くはらし、体を震わせているが、相手にとって、そんなことはどうでもいい。

 否、気にしていたら、こんなことは言わない。


 「分かっとるのか? 私たちは国光家だぞ?

  お前ら下々のメシを用意してやってるのは、私らなんだぞ! あ?

  せめてワインか天空烏龍茶ぐらい用意するのが、礼儀ってもんだぞ! ゴラァ!

  お前も、お前らの家族も、全員路頭に迷わせたろか?」


 巻き舌でヤクザ顔負けの威圧ぶり、法律を振りかざすのもやむを得ない姿に、神田は眉をひそめた。

 喪服とは思えない身なりも、合わさってのことだろう。

 何事かと集まった、黒服の親族に交じる真っ赤なスーツは、意識しなくとも目に入る。


 「誰ですか、あれは」

 「アレが本来の喪主ですよ。

  国光 カオル。 国光平九郎の長女で私の姉です」


 その言葉に2人共、彰とカオルの顔を三度見してしまう。

 どうみても、チンピラにしか見えない女性が喪主、しかも経営者一族の人間だというのか。

 大手飲料メーカーの商品を、排泄物混じりの水だと言い切るセリフだってそう。

 その場で取引先から縁を切られかねない、()()デカ爆弾発言だ。


 「お、お姉さまで?」


 片平は恐る恐る聞き返す。


 「頭も口も達者なんですが、元来、自己中心的ジコチューなうえに人を見下す性格でね、父もあのビョーキが無ければ、会社を継がせるつもりだったと、生前言ってました。

  それに、根っからのトラブルメイカー。

  数年前、ちょっとしたスキャンダルを起こして、親族からは絶縁状態。

  ロンドンに移住したんですが、今回父が亡くなったことで、日本に戻ってきたんです。

  帰ってこなくていいものを」


 彰の言葉にはとげがある。

 気づけば、カオルと従業員は、集まった親族によって引き離され、泣きじゃくる彼女に、着物姿の初老の女性が、肩を抱きながら謝罪の言葉を口にしていた。


 片平は、プライベートなことを聞くと承知の上で、彼に話しかける。


 「お姉さまとは、随分わだかまりがあるようで」

 「そんな優しいもんじゃありませんよ。

  介護どころか、父の様子すら気にしてなかった彼女が喪主になりたいとしゃしゃり出て、何もせずこの始末。

  お坊さんですら、住職をしている大学時代の友人に頭を下げて、引き受けてもらったんです」

 「それは……なかなか」

 「ですが、それ以上に許せないのが――」


 含みながら言いかけた時、初老の男が、彼に話しかけた。

 世話役である、彼の叔父だ。


 「彰君、住職さんが到着した。 皆を会場に案内して」

 「了解しました。 早かったですね」

 「タクシーが運よく、つかまったそうだ。

  故障した車は、JAFに手配済みとも言ってたよ。

  ……で、追加のお車代は、どうするね?」

 「僕の方で出しておきますので、ご心配なく」

 「そうか、頼んだよ」


 男は彰の肩をポンと叩くと、エレベーターホールへと小走りで向かった。


 「先ほどは姉が、失礼いたしました。

  彼女には、僕からまた改めて謝罪させていただきます。

  改めて本日は、よろしくお願いいたします」


 彰は、片平と神田に挨拶を済ませると、控室に集まっている親族を、ホールへと案内し始めた。

 てきぱきと動く姿、そして物腰の低さに、2人は彼が社長であることに納得した。


 「さて、片平君。 我々も仕事に戻ろう」

 「はい」


 大ホール前の定位置に戻った2人だったが、直後に神田のスマートフォンが小刻みに震えだした。

 会社から与えられている、業務用のスマホだ。

 画面には、大村社長の文字が。


 「社長? ……はい、神田です」


 電話を受けてから10秒後、彼の顔はみるみる青ざめていくではないか。

 それも、国光家の皆さんが吸い込まれていく大ホールを見ながら。


 「はは……冗談……ですよね!?」


 神田の発した地獄のようなかすれ声は、ショパンにかき消された。

 親族たちも、受付にいる従業員も、彰と話す住職も気づかない。

 

 ラッキーだった。

 あってはならない出来事が、今まさに進行形で起きてるのだから――。

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