1, 国光家密葬
粗忽長屋という古典落語の傑作がある。
友人と瓜二つの人間が死んでいるのを見つけた主人公の男。 隣に住む友人の元に大急ぎで駆けつけるが、彼はけろっと生きている。
他人の空似か、はたまた死んだことに気づいていないのか。
お互い段々と訳が分からなくなっていく、ホラー要素のある喜劇だ。
自分と瓜二つの人間と出会うというハプニングは、創作の世界だけの話じゃない。
2015年には、ロンドン郊外の空港で、とても奇妙な出来事が起きた。
ある飛行機に乗り込んだ男性。
自分の席を探すと、そこには既に別の乗客がいたのだが、驚くことにその人物は、男性と容姿が瓜二つだったのだ。
ネット上にあがった写真を見ると、確かに顔の輪郭からヒゲの色まで、なにもかも同一。
更に滞在先のホテル、街に繰り出し入った酒屋も全く同じだったという。
奇妙と奇跡は紙一重。
それがたとえ、死後の出会いであったとしても――。
◆
AM9:30
京都市中京区
京都市役所を中心に、高級ホテルやオフィスが散見するエリア。
教科書の小説でお馴染み高瀬川と、ドラマやアニメでお馴染み鴨川に挟まれたエリアに、クリーム色を基調とした、ガラス張りのビルが建っている。
おいけホール。
京都山村葬祭が運営する、葬式専用の会館ビルである。
本日ここで、とある人物の葬儀が執り行われようとしていた。
5階大ホール。
入り口横の受付に、ぽつりとではあるが、喪服に身を包んだ人々が現れ始める。
芳名帳に名前を書き、香典を渡すと、ホールの中へと入っていく。
しかし、会場の入り口や、受付にも、誰の葬儀会場かを知らせる看板は立っていない。
代わりに、会館一階のエレベーターホールには、このような案内が出ていた。
「5階 故 国光 兵九郎 密葬式場」
そう。 これから執り行われるのは密葬。
書いて字のごとく、故人の親しい人のみを集めて執り行われる、密やかなお葬式なのだ。
「しかし、立派な祭壇ですね。 密葬とはいえ、ここまでお金がかかってるのは久しぶりですよ」
会場入り口で、葬儀会社の片平という若い男は、外からでも見える、豪勢な祭壇に驚嘆していた。
この大ホールは、会館の中で一番の大きさを誇る。
奥いっぱいに広がるのは白い花を中心とした、最近はやりの洋風の祭壇。
手前には装飾の施された棺桶が置かれ、見下ろすように祭壇の一番上、花のアーチに囲まれ、優しい笑顔の遺影が置かれていた。
生前の故人が大好きだったという、ショパンの「別れの曲」が流れ、悲しさと荘厳さを際立たせている。
ここ数年、人間関係の希薄や価値観の変化、世界的な感染症流行など、様々な要因から、葬儀の簡素・質素化が進んでいる。
枕経、通夜、本葬をすっ飛ばし、火葬場へそのまま御遺体を持ち込む“直葬”という選択をとるご遺族も、珍しくない時代だ。
ここまで派手な祭壇は、片平の言う通り、密葬と言えども、近年稀である。
「そりゃあ、な。 亡くなったのは、クニミツ食品の創業者。
一代で全国の食卓に名をとどろかせた、大手メーカーの重役だ。
その最期を豪勢に送ろうっていうのも、当然の話さね」
片平の隣で立つ、神田という中堅の社員が、小さい声で答える。
そんな話をしている間に、受付を通る人の数は減っていった。
ご遺族が、あらかた揃ったのだろう。
そこへ、喪服姿の40代前半くらいの男が、小走りで片平達に走り寄る。
「本日の参列者、全員揃いました。
……すみません、申し遅れました。 私、国光 彰と申します」
そう言うと、彼はご丁寧に名刺を取り出し、両手で渡す。
受け取った名刺には、クニミツ食品のマークと共に、肩書と名前が書かれている。
株式会社 クニミツ食品 代表取締役社長 国光 彰。
「父である、国光兵九郎の葬儀、喪主代理を務めさせていただきます」
「ご丁寧にありがとうございます。
本日の密葬を担当させていただきます、神田です。
密葬は、10時からでしたね?」
神田は腕時計を見ながら、彰に聞く。
「そのことなんですけど、住職の車が故障してしまったようで、到着が10時半ごろになってしまうそうなんです」
「分かりました。 今日の大ホールの予定は、国光様だけなので、住職様が到着次第、式を執り行う形で大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。
すみませんが、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げ、2人も頭をゆっくりと下げた。
しかし、ここで疑問がある。
それを片平が口にした。
「あの~、喪主代理とおっしゃられてましたが、本来の喪主の方は、どうかなさったんですか?」
「それが……」
その時だ。
「くぉらっ、このアマぁ! これはいったい、なんのマネだぁ!!」
金切り声混じりの怒号が、フロア全体に響いた。
参列者控室のある方だ。
トラブルにしても、尋常じゃないのは確か。
3人は顔を見合わせて、そちらへと向かう。




