27, 天満橋チェイス -Joy Ride- 3
「え!?」
碧の悪態に、最初はどういう意味か分かっていなかった澪だったが――
「みてみなよ。 この道の先を」
「……っ!?」
鋭く睨みつける碧の視線の先を、ようやく理解し絶望した。
碧たちのいる内平野通は2ブロック先― ゲームメーカー カプコン本社ビルの構える交差点を境に、なだらかな上り坂となっている。
そう、皆さんは察しがついただろう。
坂の頂上に、教団の車が止まっているのだ。 しかもセダンタイプのメルセデスではなく、よりによって大型のGクラスが。
おまけに、道の両端に時間指定の駐車スペースがあり、数台の車が停まっている。
横から避ける事は絶対無理だ。
最悪なことに、2人の背後にある交差点にもGクラス。
先ほど後ろから追いかけてきた連中だ。
空ぶかしで、セレステを威嚇する。
「あのGクラスで、私たちをサンドイッチにする気か」
かと言って、どこかの交差点で逃げようとも、おそらく幹部たちが待ち受けているはずだ。
「前門の虎後門の狼、か……どうするよ、碧」
ハンドルにもたれかかりながら、数秒考えた後、碧は穏やかな表情を澪に向けた。
「……イチかバチか、天使になっちまうっていうのは、どう?」
「はい?」
「確かに、私たちに逃げ道は無い。 このまま突っ込めば、セレステはただの鉄くずになる。 うら若き乙女のミンチ付きでね。
でも、逃げ道がないわけじゃない」
なにが言いたいのか、澪は理解し、声を大きくする。
「まさか、あのGクラスの上を飛び越える気!?」
「それ以外、道はない」
「確かに、この道は上り坂だし、セレステの馬力なら不可能とは言えないけど……ジャンプ台としては、心許ないわ。 そう、ソルトレークばりのジャンプ台でもあれば別だけど」
そう、この通りの上り坂は緩い。 そのうえ、飛び越える対象は車高のあるSUV。
仮にターボがついていようが、Gクラスの上を跨ぐには、坂の角度が足りない。
どうすればいいのか。
碧は、坂道の途中にある一点を指さす。
「ジャンプ台がないなら、作ればいい」
「えぇ……っ……そういうこと」
なにが言いたいのか、澪は理解し、ゆっくり何度も頷いた。
それを踏まえて、澪は相棒に問う!
「澪の力をまた借りたい。 いけるか?」
「もち! 私も碧のドラテクを信じるわ!」
お互いに微笑む天使たち。
意思を示すため、ベレッタの銃身を思いっきりスライドさせた。
それを見て、碧はギアを低速に入れ替え、アクセルを踏み込む!
後輪が煙を上げて、歓喜の悲鳴を奏でる。
目にも止まらない回転。
余裕をこいていた万念も、何事かと目を見開いた―― 瞬間!
グオオオン――!!
ギアをドライブに! セレステは一気呵成に加速する!
オレンジ色の小型マシンは、尻を左右に振りながら、天国へのジャンプ台へと走り始めた!
85キロまでのメーターは、一気に振り切れる!
限界突破!
カプコン本社ビルを、ものの数秒で走り抜けると、澪が窓から左手を出し、ベレッタを乱射した。
3点バーストの状態で。
ダダダっ! ……ダダダっ! ……ダダダっ! ……
トリガーを一心不乱に引き、撃ったのは車……ではない!
その脇に積み上げられた、ゴミの山だ。
近くの飲食店が椅子でも解体したのか、大きな木材が何本も突き刺さったゴミ箱が、Gクラスのすぐ手前に放置されていたのだ!
激しく揺れる車内でも、澪の腕は正確である。
プラスチック製のごみ箱を粉砕し、色付きの木材を生ごみと共に舞い上がらせ、路上に散りばめた!
「澪、しっかりつかまれよ!」
「オーケー!!」
飛び跳ねるセレステ。
フロントガラスに、Gクラスの車体が迫る。
今さらブレーキをかけても間に合わない。
背後からは、別のGクラスが走りくる!
もう、2メートルと距離はない―― いまだっ!!
セレステの前輪が木材に乗り上げたっ!!
時速は100キロオーバーだろうが、メーターが振り切れている状態なら、それは分からない。
が、運は味方してくれた。
碧の思惑通り、セレステの車体が宙に浮かび上がったのだ!
ふわりと、意識に反して体が持ち上げられる感覚。
視界にGクラスの車体はいない。
あるのは夜明けを待つ空と、眠りにつく住宅街。
紙一重。
セレステの車体は、Gクラスの屋根ギリギリを滑空していった!
茫然と見上げる幹部たちを置いてけぼりにして。
彼らおそらく、セレステに羽根が生え、はばたいたような錯覚を覚えただろう。
碧と澪。
この瞬間、2人は確かに天使になっていた。
鋼鉄の天使に。
羽根が消え、体全体に襲い掛かる衝撃!
「う……っ!!」
「いっ……っ!!」
フロントから思いっきり着地したセレステは、何度か飛び跳ねながら、ようやくしっかりとした挙動で、狭い通りをまっすぐに走り始めた。
尻から脊髄を通り、頭へと至る激痛とクラクラ。
碧と澪は、一瞬の痛みを伴いながらも、なんとか無事に生還したのだ。
賭けは大成功!
思いがけずのラックと、緊張が解けた感触から、2人から思わず笑いがこぼれる。
愉快痛快。
「ナイスジャンプ!!」
「イエイっ!!」
ハイタッチを交わし、そのまま通りをあとにする碧たちだったが、衝撃を受けたのは幹部たちも同じだ。
「逃げろおおおっ!!」
Tボーンクラッシュ。
セレステを追いかけてきたGクラスが、スピードをそのままに通りをふさいでいた車に突っ込んだのだ。
走ってきたGクラスは、そのまま横向きに停まっていた同型のマシンにぶつかり横転させた後、上に乗り上げたまましばらく引きずり、ようやく止まった。
乗っていた連中も、逃げた幹部も、全員大けがだ。
衝撃音が街中を駆け抜け終わると、遠くからようやく、サイレンが聞こえてくる。
大阪府警のパトカー。 それも、出初式かと言わんばかりの数だ。
市内をパトロールしていた、全ての警ら隊が集結したのだろう。
何十台というパトカーの大群が、次々に白いメルセデスを包囲。
白い防弾チョッキに身を包んだ警官が、銃で幹部たちを拘束していったのだ。
単にカネで雇われた連中。
警官を殺すことも、自ら命を絶つこともなく、その場で銃を捨て両手を挙げるのであった。
事故の知らせを受け、救急車やレスキュー隊も到着。
炎上する車の消火作業も始まった。
もうすぐサラリーマンでごった返す北浜、天満橋周辺は混沌の様相を見せることになる。
しかしこれは、穏やかな混沌と言っていいだろう。
これで有珠雅教の野望は、完全に潰えたのだから。




