25, 天満橋チェイス -Joy Ride- 1
一目散。 その言葉が、今の彼女たちにしっくり当てはまる。
碧の運転するランサーセレステは、地下駐車場を猛スピードで出口へ向けて走り抜けていた。
万念たち、有珠雅教の連中から逃げきるために。
助手席で銃に新しいマガジンを装填する澪を横に、碧はハンドルを握りながら、イヤホンマイクを再び鷹村警部につないだ。
「 運んでたのは、やはり自動車爆弾でした。 心斎橋の地下駐車場にあります。
証拠音声は、しっかり録音しました」
『それで、教団幹部は?』
「既に天満橋駅を制圧。 全員、銃で武装しています!」
『なんてこった……しかし、爆弾は心斎橋にあるのに、なんで天満橋駅なんだ?』
ごもっともな疑問を、少ない時間で碧は簡潔に説明した。
「連中は、駅地下のガス管に点火し、大阪の街を連鎖的に爆破するつもりなんです!
それが連中の言う、カタストロフィの正体だったんですよ!」
『だから、駅を……』
「今すぐ、避難指示を出してください!
連中は狂ってる! 何をしでかすか分かりません!
あと、私たちに依頼をしてきた、万念という人物を逮捕してください!
そいつが、教祖Xです!」
『分かった! 至急SATを出動させる』
矢継ぎ早に通信を終えると、セレステは精算機のバーを突き破り、地上へと延びる一直線のスロープを駆け上がる。
長堀通との合流部分は直角に近いカーブとなっているが、ラリーマシンをベースにしているからだろう、軽やかなハンドルさばきで大きな減速をすることなく、道路へと出ることができた。
久しぶりに地上へ出ると、夜空は白けており、間もなく朝が来ることを知らせてくれていた。
心斎橋を突っ切る長堀通は、タクシーや収集車が数台走っているだけだが、交通量が多くなってくるのは時間の問題だ。
一般車の間を縫い、片側三車線の道を驀進するセレステ。
「碧!」
澪の叫びに、彼女はルームミラーを覗いた。
白いメルセデスが背後から追いかけてくる。
やっぱり来たか。 しかし――
「教祖置いて逃げた連中が、どうして……っ!」
皆まで言うな。
碧には、メルセデスに詰め込まれた連中の信仰心が嫌と分かった。
カネだ。 私たちを殺したらカネを払う、そう万念が言ったんだろう。
なんにせよ、自分たちに牙を剥くヤツは、誰であろうと容赦しない!
「カネは命より重し、か ……澪! 舌噛むんじゃねぇぞーっ!」
ドスを利かせた声をあげて、アクセルを更に踏み込む。
スピードメーターの針が振りあがり、車体を後ろに沈みこませ、マシンは彼女の解放された本能の代弁者となる。
大きな分離帯で遮られた長堀通を抜け、阪神高速をくぐると、道路の幅は狭くなり、周囲の風景はビル街からマンションをメインとする住宅街に変わる。
問屋街のある松屋町を抜けると、その先に再び大通りが横たわる。
天王寺と天満橋を南北に結ぶ谷町筋だ。
「!!」
谷町六丁目交差点。
行く手を阻む、白い壁があった。
角ばったボディと丸いヘッドライト。
SUVタイプのメルセデスベンツ Gクラスである。
長堀通の上下線をふさぐように、2台のGクラスが停車していた。
絶対に、教団の車だ。
「くっ!」
碧は咄嗟に急ハンドルを切り、分離帯にぶつかりそうになりながらも左折。
谷町筋へと入っていった。
ここから道路は、片側4車線となる。
ルームミラーで覗くと、Gクラス2台も、追ってきたメルセデスの群れに合流しているではないか。
「次から次に増えていくわね」
「この先は天満橋だ。私たちをボニクラみたく、仲良く囲んで殺す魂胆だろ」
「どうするよ、碧!」
「一応これでも時速170キロは出せるマシンだ。あんな連中いくらでも追い払える。
MCAジェットで、カネの亡者共を蹴散らしてやるっ!」
「意気込みは結構だけど、相手は腐ってもベンツ! 勝算はあるの?」
澪も焦っていたが、それは碧も同じだ。
それでも、ドライバーには一つの考えがあった。
「大丈夫さ、澪。 なんとかなる!」
セレステは車の少ない大通りを猛スピードで駆け抜ける。
その後を、こちらもスピードをめいっぱいにあげて、メルセデスが追随。
どこにいたのか、一台、また一台と白のメルセデスが合流してくる。
片やヴィンテージ、もう一方は現行車。
力の差は歴然か。 メルセデスの群団が、セレステに段々追いつこうとしていた。
「――っ!!」
頭上に架かれた道路標識。
天満橋の表示を、2人は見逃さなかった。
谷町1丁目交差点。 谷町線天満橋駅を地下に持つ大きな交差点だ。
ここは南側― セレステが向かっている側の道路が盛り上がり、なだらかな下り坂になっているのである。
だが、倒すといった矢先、一台のメルセデスがセレステの右横に並んでしまったではないか!
左後ろにも、Gクラスが1台迫る。
乗ってる幹部たちの眼は血走り、銃をちらつかせる。
澪も自分の銃を、いつでも撃てるよう準備し、窓ガラスの回転レバーに手をかけたが――
「澪、仕掛けるよ!」




