24, 相棒到着!
碧の言葉を合図に、スキール音を響かせ、1台のマシンが死角から飛び出す!
「教祖様っ!!」
「なにっ!?」
その金切り声は、ヒーローの登場にはふさわしくないが、幹部たちを驚かせ、彼女の心を和らげるには心地よすぎた。
スピンターンを決めながら処刑台のシートを引きはがし、舞い上がらせ、碧と万念たちの間を割るように、その車は停車した。
落ち着いたオレンジ色に黒のストライプを纏った、小型のハッチバッククーペ。
その全体的なフォルムは、シボレーのようなアメリカ車を彷彿とさせるが、丸目ヘッドライトを基調としたフロントグリルには、どこか優しさを垣間見る。
三菱 ランサー セレステ。
世界中のモータースポーツを席巻した名車、三菱 ランサーをベースに製造されたスペシャリティカー。
オイルショック真っただ中の1970年代後半、僅か7年間しか生産されなかった、希少な日本車である。
乗っているのは勿論――
「朝倉澪だと!?」
運転席から降りた彼女は、間髪入れず、車から手りゅう弾を取り出し、ピンを抜いて、万念たちに投げ込んだ。
コンクリートに当たりカランと音を立てると、中からスモークが激しく湧き出してくるではないか。
逃げ惑う教団幹部たちは、たちまち視界を奪われ、煙幕に目と喉をやられる。
「おまたせ、碧」
ポニーテールをなびかせ、ウィンクを飛ばす澪の登場に、碧はようやく胸をなでおろす。
「遅かったじゃん」
「高速で、渋滞にハマってね」
「どこもかしこも渋滞って……今日は厄日だぜ」
そんな碧のボヤキを聞きながら、澪は懐から銃を取り出す。
「まあ、終わり良ければ総て良し、ってね。
さっさと逃げるわよ、碧」
「オーライ。 獲物は?」
「ベレッタ M93R、なんてどう?」
「そいつは、ゴキゲンだねぇ」
2人とも悪い笑みを浮かべ、生き生きした顔になってる。
澪が碧に見せた銃、ベレッタ M93Rは、3点バースト、つまり3発連続射撃が可能なオートマチックピストル。
十徳ナイフのように、折り畳み式のハンドグリップが、銃身下部に備わっている特殊な拳銃だ。
「澪、爆弾を積んだハイエースは、あの煙幕の中だ。
手前のメルセデスに乱射して、パニックになってる隙をついて脱出しよう」
「連中が撃ってきたら?」
「ハイエースに当たらないよう、撃ち返してくれ。
私は、銃の腕はからっきしダメだけど、君のテクなら、できるはずさ」
「あったりまえでしょ? 碧を守れるのは、私しかいないんだからっ!
その代わり、運転は任せたからね?」
「オフコース」
などと言ってる傍から、教団幹部の何人かが2人に向けて、銃を撃ち始めた!
乾いた音と共に、コンクリートや車に跳弾する。
その中でも澪は、冷静に銃のセーフティを解除した。
「早速撃ってきたわね。 この音は、マカロフか。
なるほど、フィリピン経由で密輸したって話も、眉唾じゃないってことね」
「なんで分かるんだよっ!
なんでもいいけど、勘弁してくれよ……ようやく新車同様になって帰ってきたばかりだってのにさぁ!」
「とか言って、防弾仕様だから大丈夫なんでしょ? ……さっ、行くわよっ!!」
啖呵を切り、澪は立ち上がった。
相手は、ベンツを盾に銃を撃ってきている。
彼女も、セレステの車体を陰に片手で銃を撃つが、そのコントロールは見事なものだった。
一発、また一発と撃つたびに、短い悲鳴を上げながら、銃声が消えていく。
そう、煙幕がこちらの視界すらも覆っている状態で、澪は幹部の撃つ銃の光だけを頼りに、眉間へのワンショットをお見舞いしていたのだ!
「な、なんだアイツは! バケモノか!?」
次々に死体となる幹部たちに、万念は恐れおののいた。
煙幕はまだ濃く、周囲を包み込むが、血の色はその中でも格別に目立っている。
アスファルトを幾重にも走るそれが、彼の恐怖を掻き立てた。
「教祖様、ここは私が奴らの息の根を止めます!」
万念をかばうように横にいた秀陰がそう言うと、自分の銃の撃鉄を下ろし、単身碧たちの方へ突っ込んでいった。
彼の制止を聞くこともなく。
「しねえええええ!」
煙を切り裂き、メルセデスのボンネットを飛び越え、両手で銃を構えながら走ってくる秀陰を見て、咄嗟に碧は澪に銃を求めた。
「その銃をこっちに!」
「ほいな!」
ハンドグリップを引き下げ、投げ渡されたベレッタを受け取った碧は、切り替えスイッチをオートマにすると、仁王立ち。
無謀にも向かってくる彼に、躊躇なくトリガーを引いた!
ダダダっ! ……ダダダっ! ……ダダダっ! ……
引き金に指をかけるたび、三発ずつ弾丸が秀陰の胸や腹部に撃ち込まれる。
声を上げることなく、白いスーツを血で染めながら踊り狂う。
散らばる血痕を受け止めるのが、巻き上げられた防水シートというのは、何たる皮肉か。
シートの上に倒れた秀陰の死体を、碧は空になった弾倉を外しながら吐き捨てた。
「さっきのお返しだ」
「ん? なんかあったの?」
「別に。 女の子のお腹はデリケートだってことを、身をもって教えてあげただけさ」
「身をもって、ねぇ~」
一方で、この様子を見た幹部たちは恐れおののき、一斉に銃を捨てて逃げ始める。
声を上げ、無様に。
彼らにとって絶対的だったはずの教祖の声すら、届かない。
「お、おい、お前ら! 待てっ!!
相手はたかが女2人だぞ! 逃げるなぁっ!!」
チャンスだ。
碧と澪は、この期を逃さなかった。
「さてと、今のうちに逃げますか」
「オッケー!」
お互いに目配せをし、ランサーセレステに飛び乗ると、碧はキーを回してエンジン始動!
ギアを入れ、アクセル全開で地獄のような空間からの脱出を図った!
逃げ惑うを幹部たちの中を突っ切り、独特な逆L字型のテールライトを見せつけ、駐車場をあとにするセレステ。
そいつを悔しく見送ったのは、幹部連中だけじゃなかった。
「俺の……カタストロフィを……兵隊を……許さんっ!!」
万念も、自分たちの兵隊の弱さ、そして計画がなにひとつ上手く行っていないことに、走り去る車と秀陰の死体を見ながら落胆していた―― が、しかし、負の感情はすぐに沸騰し、怒りへと変わる。
茫然と立ち尽くす幹部たち。
その一人に近づき、至近距離から頭を撃ち抜いた万念は、銃を掲げて彼らに叫んだ。
「有珠雅教の教祖として、天命の兵士諸君に命令する。
あの2人を……神崎碧と朝倉澪をぶっ殺せぇ!
奴らの息を最初に止めた奴にゃあ、資産家のババアからぶん取った1億、そのままそっくりくれてやる!
俺の豪邸も、囲ってるメスガキ共も、次期教祖の椅子も欲しいって言うなら、一切合切くれてやる!
なにがなんでも、俺の計画を潰したアバズレどもを地獄に送ってやるんだ!
さあ、とっとと行けぇ!! 殺せぇ!! ぶっ殺せぇ!!」
彼の大号令と共に、幹部たちは目の色を変えてメルセデスに乗り込み、2人の後を追いかける。
彼らを駆り立てのは、信仰心でもカネでもなく、恐怖だったのかもしれない。
歯を剥き出しに、狂った瞳をぎらつかせ、全身が血に染まった万念の姿は、もう僧侶でも神様でも、人間でもない。
ただの野獣であり、それこそが彼の本性だった。




