23, 彼らの本心
「お分かりかと思いますが、神崎碧、これからあなたを殺します。
その遺体を車に積み、ここにいる秀陰が天満橋駅に運びます。
後は、車中でお話しした通りです。
ガス爆発の連鎖で、北浜の街を吹き飛ばし、混乱のなか逃げ惑う者は幹部たちが射殺。 無論、邪魔者は例え自衛隊だろうと排除します。
全ての混沌が終わる頃、この私は絶対神として、さまよえる信徒たちに語り掛けるのです。
私の予言したカタストロフィは現実になった。 私を信仰すれば、この世の破滅から必ず救われる とね」
狂ってる。
語気を強め、碧は万念に問い詰めた。
「信仰心は、無理やり作るもんじゃない!
私は無神論者だが、寺と神社に囲まれた、あの街に住んでいれば、そんなこと、考えてなくとも身に染みて分かるもんさ!
なぜだ? なぜここまでして……私もアンタに聞いてやる!
どうして、この仕事をしている?
どうして、神になろうとしているんだ?」
彼もそうだが、周りにいる幹部もニヤニヤとふざけた笑みを浮かべている。
「そんなもの、カネのために決まってるでしょうが。
皆の信仰心は私にありますが、私の信仰心は、カネにしかないのですよ。
私を信じる人々《バカ》がカネを落とし、私は人々《バカ》の落としたカネに似合った絶望を与える。 それだけの事です」
「なんてやつだ!」
碧は吐き捨てる。
「ここにいる者たちもまた、私の秘密と計画を死ぬ気で守り実現する代わりに、多額の報酬を貰っている、いわば天界の傭兵です。
彼らの腕を見なさい。
ロレックス、オメガ、ウブロ……名だたる高級時計も、カネを欲し信ずるが故の、信仰の結果だ。
この私も、信仰の結果として、V8エンジンのフェラーリを持っている」
「そうか、そのフェラーリは、お前にとっての“神”だったのか」
「カネは全てを可能にし、持つものと持たざる者の差を歴然と示してくれる。
誰が正義で、誰が富み、誰がこの世の王者なのかを。
そう、有珠雅教はカネを巻き上げ、今よりずうっといい暮らしを我々がするために作り上げた、素晴らしい宗教団体なのですよ!」
高揚した万念は大きく手を振り、自身のカネに対する信仰心を熱く語り上げる。
その姿はもはや、聖職者とは言えない。
「カタストロフィも、そのためか。
大阪を吹き飛ばし、予言が現実になった時、奇跡にすがりつく人たちからカネを巻き上げるためにっ!!」
「そのとおりですよ。
まあ、払ったカネを返せとごねるゴミ共と、ゴミに加担する日本政府を黙らせるのも、目的ですがね。
なんにせよ、あなたもまた、カネで仕事をする人間。
我々の信仰を簡単に理解できるとは、素晴らしい!」
吐き気を押さえながら、碧は全てを否定するために叫ぶ!
「したくもないし、されたくもない! ゴミ以下のお前らなんかにっ!」
「なんと、まあ、正直でない……お金持ちになりたいから、いや、おカネしか信じられないから、こういう仕事をしている。
裏社会の人間なんて、そういう人たちばかりじゃないですか。 違いますか?」
路肩に転がる犬の糞を見るがごとく、蔑む視線が重なり合う。 それは正に、負の価値観の衝突だ。
「確かに、そうかもしれない。
だけど私にとってカネは、信仰する対象じゃなく、結果に至るためのプロセスに過ぎないのさ。
相手の信頼を得て、なおかつ自分を守り、仕事をうまく運ぶための、プロセスにね。
結果、お互いにwin-winになれば、つまるところ金額なんざ、どうでもいい。
依頼条件で、カネに対して敬意を払えって言ってるのは、そういうことなんだよ。
お金持ちになりたい? カネしか信じられない?
冗談じゃない!
私ら世界ってのはな、カネ以上に、人間同士の信用で成り立ってるんだ。
こちとら、そんな俗な考えで御法に触れてるんじゃねえんだよ。
アンタらみたいな、カネが結果、カネがすべてっていうふざけたインチキカルトと……私ら運び屋稼業を一緒にすんじゃねぇっ!」
気持ちを込めて叫んでも、万念たちには届かない。
分かっている。
ニヤニヤした表情が変わらないのが、なによりの証拠だ。
でも、黙りこくるのは、運び屋としての、碧のプライドが許さなかった。
ここまで馬鹿にされ、自分たちを分かったかのように、上から説教する万念のふざけた態度が、彼女には我慢ならなかったからだ。
「はぁ……何を言っても無駄なようね」
一度、深呼吸して自分を落ち着かせると、今わの際と、碧は聞いた。
「死ぬ前に、ひとつだけ聞かせてちょうだい。
どうして私たちをハメたの?
どんなものも運ぶっていう触れ込みだけで、この計画に巻き込んだって言ってたけど、それが本心なの?」
まさに、最大の謎はそこだ。
確かに碧たちは、ルールさえ守れば、どんなものでも運ぶ。
しかし、嘘がバレた場合、タダでは済まない。 それは最初に説明した通りだ。
まかりなりにも、碧と澪は裏社会の人間。
そんな奴を騙して犯罪に利用するなど、リスクは大きすぎる。
彼女たちを、どうして指名したのか。
隠すことなく、万念はペラペラと喋りだした。
「どうせ死ぬんですから、教えてあげます。
もう一つの理由はね、あなた方が女だからですよ。
女なら何が起きても抵抗されない、力ずくで抑え込める。
そう、考えたからです。
現に、逃げようとした若い女性信者も何人か、同じように力ずくで抑え、辱めて殺してますし、私にとっては普通の考え方ですよ。 へへへ」
「……っ……クズ野郎っ!!」
もう我慢できない。
怒りに震える碧が歩き出した瞬間、万念はゲスな笑みを消し、すわった目で銃口をしっかり構えなおした。
親指で撃鉄をたおし、トリガーに指をかけて。
「さようなら、神崎碧……いや、あわれな天使ちゃん」
これまでか。
目を逸らさず、万念のどす黒い瞳と銃口を睨み続けていた―― その時だ!
グオオオ……
遠くで、車のエンジン音が聞こえる。
メルセデスでもフェラーリでもない、旧式のエンジン。
聞き覚えのあるサウンドに、心が安らぐ。
「……おっそ」
深呼吸をしながら、つぶやいた碧。
「ようやく来たわね。 私の保険が」
それを聞き、万念と幹部たちは失笑を飛ばした。
「え~? この状況から入れる保険が、あるんでちゅかぁ~?」
ぶりっ子口調でバカにする秀陰に、碧は斜に構えながら、自信たっぷりに言い放った!
「あるのよ……それもとびきりの、プラチナコースがねっ!!」




