21, 拮抗状態
決め台詞もそこそこに、碧は本題へと話を戻す。
「さて、これからどうする気?」
このままずっと、銃を突き付けられ続けるのは、生きた心地がしない。
「私たちに嘘をつくという、重大な契約違反を犯した。 これ以上、この車を運転する気はありません。
ということは必然的に、天満橋までアンタが持って行くことになるが……果たして、無事にたどり着けるかどうか」
「脅す気か?」
低いドスの利いた声で、万念は碧に詰めた。
しかし、彼女は怖気づくことなどない。
「まさか。 事実を言ってるまでですよ。
この地下駐車場には、私とアンタの2人だけ。
しかも、車を運転するには、私と場所を交代しないといけないが、そう簡単な話じゃない。
なんせ、こうやって頭に銃を突きつけられてるわけですし、私も私で、こんなところで死にたくはない」
「なるほど。 ハンドルを奪うために、お前ともみ合いになるかもしれない……と」
「そういうことです」
――が。
と、碧は接続詞をくっつけ、万念を更にけん制する。
「万念、アンタは私に手を出せない」
「どうして、そう言える?」
「私たちの背中には、爆弾が置いてある。
私がアンタに飛び掛かった時、暴発した弾が爆弾に引火しないとも限らない。
もし私を打ち負かすことに成功したとしても、運転席に飛び散った血や、私の死体をどうするの、って話になるじゃないですか。
相棒も、私がいなくなれば、依頼の事を警察に話すでしょう。
人ひとりが死んでるとなれば、警察はありとあらゆる口実を並べて、有珠雅教を調べ上げるはず」
「なるほど、身の破滅ですねぇ」
「私たちの置かれた状況を諸々考慮すれば、お互いもう、どうすることもできないのは、火を見るよりも明らか」
碧の言う通り、現状八方ふさがりだ。
彼女が動けば死ぬ、万念が動いても後々面倒なことになる。
「さあ、どうする教祖様?
ガリラヤの宣教師よろしく、奇跡でも起こしてみせますか?
最も、アンタにそれだけの信仰心があればの話だけどね」
これで万念も終わりだ。
碧の全身を緊張から、電気がピリリと走り抜ける。
その時だ。 彼は頭のネジでも外れたかのように、声を上げて笑い始めた。
「確かにそいつぁ、怖いですねぇ~」
「……え?」
狼狽したのは碧だった。
チェックメイトじゃなかったのか!?
「これでは拮抗状態だ。 私もそれだけは、なんとしても避けたい。
なにせ、私の救済を求めてる、可愛い信者がたくさんいますからね」
「なら、どうする?」
「こうします」
万念は助手席の窓ガラスを下ろすと、空いた左手を差し出し、指を鳴らした。
パチン!
響き渡る乾いた音が消えるころ、奥からエンジンの唸り声。
しかも1台だけじゃない。
「え……っ!!」
「さっきから言ってたはずです。
カタストロフィは“我々”の意志で行われる、と」
エンジン音は大きくなり、その姿を現した。
白いセダンタイプのメルセデスベンツ。
碧と澪を尾行した、あの車だ!
一方通行の通路から現れた4台は、瞬く間にハイエースを取り囲み、中から白スーツを身に纏った男たちが降りてくる。
「彼らも、信者だったのね」
その顔に、碧は見覚えがあった。
ハイエースに向かってお経をあげていた、瑞奉寺の修行僧たちだったからだ。
手には万念と同じように、オートマチックのハンドガンを携えて。
形状からして、ロシア拳銃のマカロフか。
「私も、奇跡を起こせる男なのですよ。
さあ、降りてもらいましょうか。 神崎碧」
「あの銃、モデルガンってオチじゃあ、流石にないよね?」
「フィリピン経由でこしらえた、正真正銘の本物ですよ。
試しに一発、綺麗な太ももに、穴でもあけときますか?」
「遠慮しとくわ」
銃を突き付けられ、周りも銃だらけになれば、碧に攻勢のチャンスはない。
万念の指示に従い、彼女はハイエースを降りた。
夜の冷たい空気が、一気に体を包み込む。
それでも、興奮からか、寒さより、恐怖と焦りが勝ってしまう。
この状況を一気に逆転できるチャンスは、ないのか?
「!!」
すると、再び奥からエンジン音が近づいてきた。
メルセデスとは違う、吹き上がる重低音。
「この音はV8……まさかっ!」