20, 万念の正体
「天満橋駅?」
旧淀川のそばに立つ天満橋駅は、OMMという複合ビルを有する、北浜の玄関口だ。
一日の乗降客数は、大阪メトロ谷町線と京阪電鉄合わせて約13万人。
大阪市内でも比較的大きいターミナルである。
「そこの駅ビル。 地下の業務用搬入エリアの傍には、大きなガス管が埋まっているんですよ。
ここに引火できれば、駅を吹き飛ばせるだけでなく、周辺のビルや小さいガス管の配置から、連鎖的な爆発を引き起こせるのです」
碧は青ざめた。
彼の計画する犯罪が現実になれば、その被害は天満橋駅だけの話じゃなくなる。
「大阪の街を、地図から消すつもりか!?」
「それが我々の、いいえ、私の意志だからです」
その瞬間、彼女の顔は更に蒼白、いや、それを通り越して興奮にも似た感覚が脳内を支配する。
私の遺志。
目の前で淡々と語るこの男こそ、警察公安部が血眼になって探していた教祖、張本人なのだから。
「そう……あなたが謎の教祖Xの正体ってわけ」
「まさか、と思ったでしょ?」
「ま、アンタが偽坊主だっていうことは、最初から分かってたけどさ」
「嘘おっしゃい」
首をゆっくり横に振って、碧は万念に聞いた。
「瑞奉寺の本堂。 あの奥に水墨画、飾ってあったでしょ? なんにも思わなかった?」
「たかが絵ひとつに、何を感じろというのです?」
鼻で笑い飛ばすが、彼女には感じるものがあった。
碧は話し続ける。
「水墨画に描かれていたのは、猿に導かれ歩く僧侶の絵。
あれは、焼き討ちにあった日蓮上人が、白い猿に命を救われたという伝説を描いたもの。
彼が開いた日蓮宗はお題目、南無妙法蓮華経を唱える宗派。 なのに御本尊は、南無阿弥陀仏の阿弥陀如来。
その時思ったんですよ。
この寺あべこべなものを置いてあるのに、誰も何も気にしてないんだ、何故なんだろうって。
で、その後いろいろ話を聞いて、確信したのさ。
瑞奉寺は、私たちをハメるために作られた見せかけの舞台だったんだって」
万念は一瞬目を丸くし茫然としていたが、段々と表情を険しくしていく。
激しく後悔したことだろう。
自分の計画は、それが実行に移された段階で既に、相手に怪しまれバレていたとは。
「くっ……」
「マヌケというか、詰めが甘いというか……私たちをだますなら、もう少し勉強するべきだったねぇ。
京都で仕事してる以上、寺や神社からも依頼が舞い込む。
これくらいの知識は、基礎の基礎さ。
ま、教祖様に対してこんなこと言うのは、文字通りの釈迦に説法かな」
銃を握る手に力をこめ、万念はあきれ顔でクールを気取る彼女に問うた。
分かり切ったことであるはずの、クサいセリフで。
「お前、いったい何者なんだ」
返す碧のセリフもクサかった。
それでも、深い呼吸と共に微笑む余裕。
カッコよさでニオイを包み込む。
「最初に言ったはずだろう?
私たちは、天下無双の運送屋。
どんなものでも完璧に運ぶ、とびっきり危険で、とびっきり美しい運び屋さ」