19, 教団の企み
ゆっくりと口角を上げて笑みを浮かべる万念。
腹から離され、ゆっくりと頭に向けられた銃を見て、碧はこれがハッタリでないことを思い知る。
彼の銃は、ワルサーPPK。 装弾数7発の小型自動拳銃だ。
「なるほどねぇ、私の推理は全部合ってたって訳か。
さて、正解した御褒美は、いったいなにかな?」
「ご所望なら、今すぐにプレゼントしてさしあげますよ。
ダンテも喜ぶ、楽しい楽しい、地獄めぐりツアーを」
「そんなチンケなとこより、折角なら、イタリアあたりをめぐりたいなぁ。
ナポリ湾を臨んでのマルガリータは、絶品だったからねぇ」
やはり、碧という女性はすごい人物だ。
拳銃を向けられても、こうして冗談をかませるのだから。
彼女は肩をすくませながら、胸の前で小さく両手を挙げた。
「そう、あなたの言う通り、コトリバコなんて、最初から無いんですよ。
すべては、私の作り上げた、崇高なカタストロフィのため。
それっぽい話を作り、高額な依頼料をちらつかせて、お二人をだましたのです」
「爆弾を、私たちに運ばせるために?」
万念は頷いた。
「 我々有珠雅教の人間は、警察にマークされてます。
教団の人間がコレを走らせれば、一発で計画は水の泡になりかねません。
かと言って正直に話しても、信者でないあなた方が、計画を漏らさないという保証はどこにもない。
なので、コトリバコという人前には晒せない呪物を口実にして、どんな品物でも引き受けると噂の天使運輸を呼び出したと、こういうことですよ」
僧侶の化けの皮を剥いでも、万念の饒舌さは変わらない。
「ただ残念なことに、我々のゴールは、ここ心斎橋ではありません」
「ああ、でしょうね」
彼にとってはとっておきの切り札だっただろう。
ナチュラルに返してきた碧に、ハッタリを感じ眉をしかめた。
「でしょうねぇ?」
「聖なる爆破ポイントは北浜周辺、でしょ?」
図星。 万念の顔が曇る。
「どうしてそれを……!?」
「教祖Xがポエった、例の厨二小説さ。
その中で“獅子の降り立つ不浄の街” ってところがある。
関西で獅子というと、野球、タイガースが連想されるが、そいつはミスリード。
その後にある、“ゴモラの雷”という言葉とセットで考えないといけない……ですよね?
答えは、そう―― 怪獣殿下」
彼女のしたり顔、四文字熟語に、万念は狼狽する。
「この予言が示すゴモラは、旧約聖書のゴモラじゃなく、ウルトラマンの怪獣を指していたんだ。
万博に出品するため、南の島から大阪に連れてこられた古代怪獣。
この怪獣ゴモラが暴れたのが、丁度、中之島から北浜にかけてのエリア。
鳴き声も、雷のようですしね」
「だから、コンビニであんな質問を……っ!」
唐突にしてきた、テレビ番組の質問。
万念は、その意図が分からず、下手な世間話程度だろうと思っていたが。
そんなわけがない。
「ゴモラが暴れたエリアで、獅子と関わる場所は、ライオンの像が置かれた難波橋。
あの辺りにはかつて、大阪証券取引所があり、今も大手企業の本社ビルが立ち並ぶ、正にカネと欲望の動く不浄の街。
そんな北浜でテロを起こす。 違いますか?」
何もかもお見通し。
大きく息を吐いた万念は、それまでの秘密主義を反転、一気に語り始めた。
「そのとおりですよ。 天使運輸の神崎碧。
そちらが私を呼び捨てにするなら、こちらも同じようにさせてもらいますよ。
この車に積まれているのは、約1トンの爆薬とガソリン。
我々の目的は、これを天満橋駅で爆破させること」