18, 荷物の正体
突然のことに、万念は目を開いて驚きをあらわにした。
茶番とは、どういうことか。
もう、これは万念という人物のお家芸だろう。
優しい顔で、はにかむ。
「なにを仰っているのか――」
碧は聞く耳を持たない。 持つ理由もない。
「万念さん。 いい加減、本当のコト教えてくれませんかねぇ?」
「本当の?」
とぼける万念に、彼女はストレートな質問をかました。
「私はいったい、大阪まで何を運ばされたのか」
一瞬狼狽した表情を浮かべたのち、はにかんだ笑いを浮かべた万念。
碧の顔を見ながら、テンプレートな回答を。
「ですから、うちの寺でお預かりしたコトリバコを――」
「持ってきて死んだっていう例の檀家と、その事故とやらを調べさせてもらいました。
確かに事故は起きていましたが、被害者の男性は、生まれも育ちも大阪。
瑞奉寺どころか、島根とも何の関係のない人物でした。
警察の調べによれば、その人、スマホ見ながら運転してたみたいで、それでコントロールを失ってトラックに突っ込んだそうですよ?
近くを走っていたドラレコと、運転手が握っていたスマホの、SMSのやり取りから判明しています」
「……」
「まさか、そこまでするとは思ってなかったでしょ?
コトリバコの呪いは、スマホか何かで見かけた、ただの事故をベースにした作り話。
それが本当かどうか、短時間で全て調べられる人は、そうそういませんからねぇ。 なにせこの国では、年間30万件以上の交通事故が発生していますから」
車も入ってこない未明の駐車場は、静けさに支配されている。
そんな空間に停まるハイエースの車内も、またしかり。
無表情無言で、彼は一切の反応を見せなくなった。
「言いましたよね? 私たちに、嘘はつくな、って」
口調は穏やかだが、その端々が鋭いのは馬鹿でも分かる。
そう、万念は自分がしたことを分かっているのに、何も答えない。
「もう一度聞きますよ。 私はいったい、何を運んでいたんですか?」
「……」
「だんまりですか。 ええ、わかりました」
最後の弁解のチャンスもふいにした。
ここからは、碧の攻勢だ。
短くハァと息を吐き、一転、鋭い眼光を万念に向け、口調も変わる!
「そんなに隠すなら万念、こっちから言ってあげる」
「……」
「嘘をついた時点で、契約はご破算だ。 もう、さん付けする義理も理由もない」
身内で行っていた呼び捨てを、遂に本人にも行う。
何かがとりついたかのように、万念は無表情の顔をゆっくりと、碧に向けた。
気味悪さを抑えつつ、彼女は視線を逸らし、ハンドルにもたれかかりながら続ける。
「この依頼を受けるにあたって示された、3つの条件。
そのひとつ、寺が指定した輸送ルートを見て、何か違和感を感じたのが最初さ。
ハイウェイを極力避けて、下道を通って運ぶというのは、呪物を乗せているという点である程度理解はできる。 緊急事態が起きた際に、対処しやすい。
それでも最短ルートを取らず、なぜか遠回りするところがいくつかあった。
奈良市内をぐるぐる走らされたのが、いい例だね。
呪いの道具を運んでいるんなら、早く寺に送り届けた方が絶対にいいはず。 なのに、なぜ?」
「……」
ポケットから折りたたんだ地図を取り出し、片手で開くと、それを万念の膝の上に放り投げる。
「答えはすぐに分かったよ。
この地図には2つの情報が隠されていたんだ。
瑞奉寺が指定してきたルート。 これは最近工事で新しく舗装された道を通り、なおかつ、規模の大きい警察署や、検問がよく行われる場所を巧みにかわしている。
気持ち悪いくらい、綺麗に。
じゃあ、どうしてここまで舗装された道と、警察を避けることにこだわるのか」
地図を置いたままの彼を見ることなく、ひとり推理ショーは続く。
「そこに、もうひとつの条件― “寺の用意した車で運ぶこと” と、出発前にアンタが言った “コトリバコに衝撃を与える無理な運転はしないこと”が重なれば、荷物の本当の正体はおのずと見えてくる」
「……」
「今夜寺に着いて車を見た時に、この予感は確証に変わったよ。
なぜか、後輪が沈んでいたんだ。
トヨタ ハイエースの積載量は、約1トン。
噂通り、コトリバコの中身が血と子供の一部で満たされていたとしても、そんなに重たくはならないはず。
最も、そんなもんが数十と積まれてれば話は別だけど、んなことありえない。
人か獣でも乗ってる可能性も考えたけど、仕切り越しに気配は感じなかった」
ここまで言っても彼は黙ったまま。
すべてを畳みかける!
碧は、男をのぞき込むように、荷の正体を当てに行く。
「この車に積んでるのは爆弾。
いや、コイツそのものが、大きな自動車爆弾とでも言った方が正しいかな」
「……」
「あと2, 3時間もすれば、街が動き出す。
心斎橋から船場、淀屋橋を経て、梅田に至る大阪市北部の御堂筋周辺は、関西有数のオフィス街が集中している。
それに大阪城の北側には、ビジネスパークを構成する高層ビル群。
通勤ラッシュのピークを狙ってコイツを爆破すれば、想像を絶する被害になるでしょうね」
彼女の言うように、自動車爆弾の威力はすさまじいものがある。
1993年2月26日、ニューヨークの世界貿易センタービル地下駐車場で、イスラム過激派が仕掛けた自動車爆弾が炸裂。
車に積まれた爆薬の量は600㎏。
地下4階層が吹き飛び、6人の死者と1000人近い重軽傷者を出す大惨事となった。
その一方、テロリストに資金がなく用意できた爆薬が少量だったため、これだけの被害で収まった、とも言われている。
ニューヨークと同じか、それ以上の被害になるのは火を見るよりも明らか。
「アンタは僧侶なんかじゃない!
瑞奉寺と繋がってる、有珠雅教の人間だ!
教祖の説く天井からの裁きを具現化するために、この爆弾でテロを起こす。 違う?」
「……」
ここまで詰めても、万念はなにも口を開かないどころか、表情すら変えない。
マネキンのように。
苛立ちも最大限に達し、渋滞のお返しと言わんばかりに、碧は大声をあげる。
「どうなの…… はっきり言いなさいっ!」
刹那。
「……っ!!」
今度は万念が碧の腕をつかみ、腹に何かを押し当てた。
冷たく無機質な感覚。
もしや。
そう思い、視線を下に向けた時には、時すでに遅し。
彼の右手には、拳銃が握られていたからだ。
「ご名答。私は有珠雅教の幹部。 寺の副住職ではありません」