16, 渋滞
“コトリバコ”を積んだハイエースは、順調にルート上を走り続けていた。
田辺西インターで、一般道からバイパスに入ると、アクセルを少し倒して加速。
自動車専用道を走り抜けるが、すぐに精華学研インターの案内が見えてきて、車を減速させた。
精華台は京都府と奈良県の境目に位置するニュータウン。
大手企業のラボラトリーや、国会図書館の関西分院もある、文字通りの学研都市だ。
ここからはまた、一般道だが、あらゆる道を迷走といっていいほど、めちゃくちゃに走らされる。
学研都市を抜けて南下、ようやく県境を超え、奈良市内へと入ったかと思えば、私立奈良大学前の道路を走り、交差点を左折。
近鉄京都線と並走して北上し、再び京都府へ。
右手に、県境が店内を走ってることで有名なショッピングモールが見えてくる。
「いつになったら、奈良に入れるんだ」
指定ルート以外は走れない。
仕事を引き受ける条件なのだ、仕方ない。
ようやく奈良市中心部へと入ったと思えば、今度は平城宮跡のまわりを走らされる。
それが終われば、次は東大寺付近。
近鉄奈良駅前の行基像を横目に見たところで、住宅街の中を縫うように走り、菖蒲池、学園前と。
30分かけて奈良北部を縦断し、車はようやく生駒市内へと入った。
西にそびえる生駒山を超えれば、大阪はすぐ先だが、指示されたルート通り、碧は山に沿って北上する。
竜田川を渡り、国道168号を走り続ければ、すぐに奈良を超え、大阪府交野市に出る――はずだ。
「……ん~」
万念がゆっくりと目を覚ました。
背もたれをそのままに起き上がると、細めた目で車のナビを見る。
時刻は午前1時50分。
片側二車線の道路はなぜか、混雑していた。
テールランプを浴びて動かない様子を見た途端、万念の顔は《《真っ赤》》なのに青ざめていく。
「あ、起きました?」
横には涼しい顔をしてハンドルを握る、碧の姿。
「事故でもあったんですかね?
10分くらい、この調子なんですよ~。
これは、ちょっと別のルート取った方がいい気がするんですけど……どうします?」
ほがらかに質問を投げた彼女に対し、万念は冷や汗を流しながら言った。
「本当に、なんで渋滞しているのか、分からないんですか?」
「ハイウェイラジオでもあればいいんですけど、生憎そんなもんは一般道にありませんからねぇ。
ナビも、渋滞してるって表示しか出ませんし」
すると声を震わせた万念。
「この少し先に、コンビニがあります。
そこに入って、渋滞が無くなるまで待機してください」
「え? でも――」
「さっさと、指示にしたがえっ!!」
今まで見たことが無い、凄まじい剣幕で万念は怒鳴った。
歯をむき出しに、目をぎらつかせたその姿は、テールランプで照らされてるからか、悪魔のそれに近かった。
仏に仕える身分とは、到底思えない顔。
碧も、その気迫に驚いてしまう。
「わ、わかり……ました……」
車は流れに乗り、三つの交差点が融合する南田原町交差点に差し掛かる。
彼の言う通り、交差点のすぐ横にコンビニがあった。
かなり大きい駐車場で、普通車以外に大型トラックが2台。
運転席にカーテンを閉じて、仮眠を取っていた。
このコンビニを分岐点に、住宅街を直進する国道と、山側へ右折するバイパスとに分かれる。
渋滞はバイパス側。
小型車や中型トラックは、そちらへと流れているのだが、万念はどういう訳か、この場所で沈黙するように指示を出したのだ。
仕事の条件のひとつ、ルートは寺院関係者の指示に従う。
と、なれば仕方あるまい。
「この辺に停めますね」
コンビニから少し離れた駐車スペースに、ハイエースを止めると、碧はエンジンを切り大きく息を吐いた。
つかの間の休息だ。
一方で万念は、頭を抱えながらスマートフォンを取り出し、電話をかけながら車外へと飛び出した。
大きく身振りを交えて、なにか話しているようだが、運転席からでは聞こえない。
おまけに薄暗い夜空の下では、唇の動きもよく見えない。
あの態度はいったい、否、やっぱり。
碧はイヤホンマイクのスイッチを入れ、独り言のように話し始めた。
「こちら碧、現在、南田原町交差点のセブンイレブン」
ゆっくりと座席にもたれかかり、前を見ながら。
生憎、持ってきたコーヒーは、全て飲み切ってしまった。
ガムはあるが、噛む気にはなれない。
「この渋滞はなんです? 10分前に切り上げて結構ですって……違法改造の車が暴走して横転? 乗ってた少年が重傷?
そいつはまた、どでかいイレギュラーですねぇ……で、後片付けは?」
相手の話を聞きながらも、万念を目で追う碧。
電話を終えたみたいだが、今度は別の相手にかけているようだ。
「そうです。 このコンビニで渋滞が終わるまでいろって……すごい剣幕でしたよ。 私までブルっちまいそうなほど。
大阪府警の方は、大丈夫なんですね? ……澪ですか? 順調に行ってれば、もう……」
イヤホンマイクの相手は、相棒ではない?
では、誰が?
「心配いりませんよ、鷹村警部。 この渋滞だけ取り除いてもらえれば、後は順調に行きますから。
証拠物件も、こうして私の背中にありますし。
……それと念を押しますが、予言通りに連中は事を運ぶはずです。 標的となるエリアから、すぐに市民を避難させられるよう、それだけは万全に準備してくださいね……それでは」
通話を終えると、同時に万念も何度か深呼吸をして、車に戻ってきた。
助手席のドアを開けると、あの穏やかな顔。
「先ほどは怒鳴ってしまい、申し訳ございません。
縁納寺に、夜明け前までに到着できないかもしれないと、連絡を入れておきました」
「別に、どうってことないですよ」
「なにか飲み物でも買ってきましょうか? ホットコーヒーでも」
「いえ、ガムがありますから。 お気遣いありがとうございます」
正直、なにか飲みたいのは確かだった。
が、碧はもう、万念を信用できない。
仏の表情すら、嘘っぽい。
もし、彼がコンビニで買ったものに何かを混ぜられたら……。
車を離れたすきに、運転席に細工されたら……。
自分を守るため、彼女は車の中にとどまることを決めたのだった。