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天使突抜ッ! ~可憐な運び屋の危険な日常~  作者: JUNA
mission1: 最強最速の天使 ~コトリバコを輸送せよ!~
15/95

15, この仕事をしている理由(ワケ)


 午前0時10分。

 ハイエースのエンジンが始動し、ヘッドライトが灯る。

 

 碧は、自分の車から眠気覚ましのガムと、ブラックコーヒーの入ったカップを取り出し、ハイエースの運転席へと置いていた。

 乗り込むとやはり感じるのが、足元の圧迫感だろう。

 ハイエースは貨物車である。 荷台確保のため、エンジンが運転席ギリギリまで迫っているのだ。

 悪い車ではないが、SUVやミニバンを運転するのとは、勝手が違う。


 「向こう着くころには、足パンパンになってそう……」


 そんなことを考えていると、ジーパンにワイシャツという服装に着替えた万念が、助手席に乗り込んできた。

 服装が違うと、やはり雰囲気も違ってくる。

 僧侶という特別な存在というより、どこにでもいる中年前の男性、といったとことか。


 「お待たせしました」

 「意外とオシャレなんですね」

 「ありがとうございます」

 

 などと“社交辞令”を交わしてから


 「間もなく、0時13分です。 行きますね?」

 「お願いいたします。

  ああ、それかれ、くれぐれも安全運転で。

  コトリバコに刺激を与えるような、無理な運転はしないでくださいね」


 そう言った万念に、碧は車を後退させながら答えた。

 

 「無論です。 それこそ、釈迦に説法というものですよ」

 「失礼いたしました」

 「では、発進します」


 ギアをドライブに入れ、アクセルを踏み、ハイエースはゆっくりと発進。

 若い僧侶に見送られながら、瑞奉寺をあとにした。

 車はそのまま、山をくだり、京都市内を突っ切る。

 交通量の少ない深夜。

 街中を走っているのは、タクシーやトラックだけだ。


 碧は、指示されたルートを守りながら、ただひたすら走り続ける。

 気が付けば、東海道新幹線の高架を潜り抜けていた。

 もう、京都中心部を出たも同じ。


 制限速度を守りながら、南下していた。

 次のポイント、田辺西インターに向けて。


 「すごく上手な運転ですね」

 「そう言ってもらえると、嬉しいです。

  この交通量でしたら、4時前には河内長野に着きますよ」

 「ありがとうございます」


 万念との会話が突如として始まった。

 車は国道1号を走行中。

 名神高速京都南インターを過ぎ、宇治川に架かる橋を抜け、右上に自動車道の高架を望みながら、走り続けている。


 「この仕事は、長いんですか?」

 「というより、この仕事しか、したことないですよ。

  アルバイトとか、会社勤めとか、人並みにお給料が入ってくる仕事なんて全然」

 「そんな風には、見えないですけどね」


 はにかんだ笑顔を見せて、碧はぽつりと言う。


 「こう見えて、まともな人生歩いていないのでね……いろいろ、悪いこともしてきましたよ」

 「……左様でございますか」

 「それでも取り柄っていうものは、誰にでもあるもので、こうして好きな車の運転を天職に選んだってところです」

 「しかし、どうして運び屋稼業なんて、やっているんですか?

  運転が得意なら、タクシーや宅配のドライバーなんかも、あるでしょうに。

  それこそ、給料も安定している職がいくつも」


 万念の質問に、碧は瞬きをしつつ戸惑った。

 そんなこと、今までに考えたことが無かったからだ。


 「そう……ですね……」


 この稼業を始めて、1年2年どころじゃない。

 今まで数多くの修羅場を潜り抜け、多くの人とも信頼関係を築いた。

 固定の顧客、同業者、警察、そして澪。

 彼らのために仕事を?

 否、それなら関係を一発で終えかねない“ルール”なんて作らなかったろう。

 かと言って、自分のために仕事をしているつもりもない。

 他人から見た自分の評価はそうじゃないかもしれないが、それでも自分を信じている。

 

 じゃあ、なぜ、こんな仕事をしているのか――

 

 「スリルとサスペンス、ってところですかね?」

 「サスペンス……ですか?」

 「まあ、おかしな話ではありますけどね。 ハハハ」

 

 それも嘘だ。

 身の危険を楽しむために、仕事なんてしていない。

 確かに、危機迫るミッションになればなるほど燃えるが、そいつは動機としては後発だ。


 碧は話題を替えようと、万念を気遣った。

 

 「到着まで、まだしばらくかかりますし、もしお疲れでしたら、仮眠取っていただいても構いませんよ。

  この後、お寺で封印のためのお経、読まれるでしょうから」

 「神崎さんは、大丈夫なんですか?」

 「私は、お手製のブラックコーヒーがありますし、ちゃんと仮眠もとってきましたから」

 「ありがとうございます。 それでは、お言葉に甘えて」

 「おやすみなさいませ」

 

 万念は、シートを少し後ろへ倒すと、手を組んで目をつぶった。

 車内は再び、沈黙に包まれたが、碧にはそっちが好都合だ。


 〈どうして、運び屋稼業をやっているんですか?〉


 万念から投げかけられたこの問いにだけは、なぜだろう、碧は答えられなかった。

 どんな質問にも、適当でもいい、答えられるというのに。

 流れる街燈、追い越すトラックのテールライトを見ながら、碧は無言で考え込んでしまった。

 

 どうして、この仕事を続けているのだろう……。


 澪の淹れてくれたコーヒーが、いつもより苦く感じてしまう。

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