13, 保険
「そんな……兵庫じゃない!?」
「ああ、そうさ。
警察のお偉方は、まんまと踊らされてたってこと。
この予言を紐解くキーは獅子じゃない、その先にあるゴモラの雷さ」
「聖書に出てくる、堕落と退廃の街よね?
ソドムと一緒に滅んだって言う」
そう、予言とゴモラ、この2つを結びつけるのは旧約聖書しかない。
創世記によると、ゴモラは悪事のはびこる退廃の街であり、神によってソドムと共に、硫黄と炎の雨に打たれ滅亡。
生き残ったのは、ソドムに住む3人。 予言者アブラハムの甥 ロトと、彼の2人の娘だけであったとされている。
「そいつが厄介なところで……っと、おしゃべりはここまで。
私は仕事に備えて、仮眠を取るとするよ。
あとの謎解きは、仕事が終わってからとしようかねぇ」
大事なところでもったいぶった碧は、手にしていたコーヒーを一気に飲み干した。
「何時ぐらいに起こしたらいい?」
「10時ぐらいかな」
「10時ね……っと」
自分のスマホを取り出して、タイマーをセットすると、澪は思い出したように、ああ と声を上げる。
「それから、碧。
シャンディ・ガフ・モーターから電話があったわよ。
預けていた例のマシン、オーバーホールが無事終わったって」
「さすが大坪さんだ。 仕事が早い」
口笛を吹いて感嘆。
「で、いつ取りに来てって?」
「いつでもいいそうだけど、できるだけ早く、って」
「了解……澪っ!」
碧は自分のデスクの引き出しを開けると、中から何もついてない、タグ状のキーホルダーを取り出し、澪に向かって放り投げた。
見事にキャッチしたそれを見て、澪はなるほど、と全てを察した。
オレンジ色のタグに書かれた“75 MCA” の暗号が物語っている。
「マシンを取りに行ったら、その先は別行動で頼む
警察と合わせて、こっちにも万が一の保険をかけよう」
「なるほど、その方が賢明ね」
受け取ったキーホルダーをポケットに突っ込み、澪は冷え切ったコーヒーを流し込む。
苦みを殺し、甘ったるさが自己主張する味覚に、一瞬顔をし噛ませて。
「狂信的な考えを持ってる連中だ。 なにを仕掛けてくるか分からない。
万が一の時は、首尾よくお願い」
「お安い御用よ、相棒」
「そんじゃ、おやすみ」
澪のぎらついた笑みと敬礼に安堵し、事務所を出た碧は、一直線に自室へ。
ドアを閉め、ベッドに腰掛けると同時に、無音の部屋に変則的なバイブレーションが鳴り響く。
鷹村警部からだ。
スマホ画面の表記を確認すると、通話ボタンをタップした。
「もしもし……やはり、そうでしたか。
いえ、そのまま続けてください。 連中に感づかれたら終わりですので」
碧はしたり顔を浮かべると、空いた左手で製作途中のプラモデルを持ち上げ、眺める。
ポルシェ独特のシルエットが、夕焼け差し込む部屋に浮かび上がっていた。
「そうですね……10分前に切り上げていただければ……こっちで揺さぶってみますので。
はい……では、その塩梅で……失礼します」
電話を切り、スマホを枕元に放り投げた碧は、左手に持つプラモデルを眺めた。
パトランプをつけたが、サイレンの差し込み口だけが、ぽっかり空いている。
白黒パトカーのポルシェ912。
神奈川県警察のデカールシールを貼っていない、まっさらな側面を右手指でなでながら、つぶやくのだった。
「こいつを仕上げるのは、全部終わってからか……」
外からは小学校のチャイムが、もうすぐ日が沈むことを、うるさくも残酷に伝えていた――。