12, 天使同盟
天使突抜の事務所に、碧の運転する赤いフォードが乗り入れる。
時刻はカラスも鳴き始める、午後4時。
車から降りると、オフィスへ一直線。
ドアを開けるや否や、相棒の名前を呼んだ。
「澪!」
「遅かったわね。 どうだった?」
事務机から立ち上がった澪に、碧は赤色の紙を一枚、そっと手渡した。
一番上に書かれていた文言は「交通反則告知票」
つまり交通ルールを犯した運転手に渡される違反切符。
そのなかでも、いわゆる“赤切符”は酒酔い運転や、薬物を乱用した状態での運転など、重い刑罰が科せられる違反行為をした運転手に渡されるものである。
しかし、彼女に手渡されたそれには、違反内容どころか署名すらなかった。
あるのは“天使”の2文字だけ。
「と、いうことは……」
澪は、この赤切符の意味を知っている。
その証拠に、碧はただ黙って頷いた。
「京都府警は“天使同盟”に合意したよ。
今回のミッションは、警察との共闘体制になる」
天使同盟―― 彼女らの身の安全を保障する免罪符である。
「私たちと警察の利害関係が一致した際、この事件に関して、天使運輸が関与したかどうか、捜査も逮捕も一切しない条件を吞む。
その契約書として警察側が私たちに渡すのが、天使と書かれた赤切符……か。
なるほど、さしずめ五条通あたりで、鷹村警部と出くわしたわね」
「厳密に言えば、ガレージ出た瞬間、パトカーで追っかけてきたってとこかな。
シルバーのキザシは、銀閣より目立つ」
などと皮肉を言いながら彼女は、コーヒーメーカーの前に立ち、ブラックコーヒーを自分のマグカップにそそぐ。
タイヤ痕がデザインされたカップに口をつけ、ブラックを一口、喉をうるおす。
「おかげで、登記簿を見るどころか、いろいろ調べる手間も省けたよ」
「瑞奉寺はやっぱり、有珠雅教の?」
次いで碧は、澪のマグカップにもコーヒーを注いだ。
「ああ。 完全に連中の教団施設だよ。
瑞奉寺は5年前に廃寺になってたそうなんだけど、それが3年前に突然、別の宗教法人が買い取り、名前もそのままに寺院として開かれた。
その宗教法人というのが終焔会。
翌年に有珠雅の焔教団と名前を変え、今に至る」
リスボンの路面電車が描かれたそれを、彼女は受け取ると、ミルクと角砂糖を3つ入れてかき混ぜる。
昨日の会話を思い出し、碧は微かに口元を緩ませた。
甘党の澪、ここにあり、か。
「じゃあ、あの万念さんも、有珠雅教の幹部?」
「もう“さん”付けはやめな、澪」
やんわりと注意しながら苦笑し、碧は話を戻す。
「そう考える方がいいね。
ちなみに千早縁納寺は、有珠雅教のとは無関係だと分かったよ。
鷹村警部が大阪府警に照会かけてくれてね、すぐに答えが返ってきたから」
「じゃあ、なんであのお寺は、縁納寺にコトリバコを運んでくれなんて……」
つじつまが合わない。
嘘に嘘を重ねる、万念の真意はなにか。
考える澪に、碧は自分の事務机にもたれかかりながら、質問した。
「その前に澪、京都日報の記者から、なにか情報は得られたかい?」
「ええ。 連中が近いうちに予言と称してテロを起こそうとしてる、って。
大手のメディアもネタはつかんでるそうなんだけど、警察から報道管制がかけられてて、公にはできないそうよ」
「なるほどねぇ。 警察庁も慎重になってるって訳か」
「警察は予言の内容から、テロは兵庫県内のどこかで起きると―― って、どうせ、そのへん鷹村警部から聞いてるんでしょ?」
「まあね」
いたずらっぽく微笑んで見せる碧。
すると、ポケットから例の輸送ルートが書かれた地図を取り出すと――
「そのテロなんだけどね、澪。
連中がそいつを起こそうとしてる場所は、おそらくココだよ」
と言い、ペンでキュッと線を軽く引き、澪へと手渡した。
さぞ驚いたことだろう。
眉をしかめ、目を見開き、澪は何度も地図を見直したのだから。